五月六日 私たちの望みは主にあり (二〇一二年五月 ひとしずく八一〇)
信心があって足ることを知るのは、大きな利得である。わたしたちは、何ひとつ持たないでこの世にきた。また、何ひとつ 持たないでこの世を去って行く。(第一テモテ六章六、七節)
これは先日聖書を読んでいて、改めて心に響いた言葉です。
一般的に、私たちのこの地上での煩いの大半は、物(お金)を持っていること、持っていないこと、あるいはもっと多くなる こと、少なくなること、の心配であるように思えます。しかし、それらの物は、死という境界線を越えては何一つ天に持って行くことができな いものです。
上記の聖句の続きには、こうあります。
「ただ衣食があれば、それで足れりとすべきである。
富むことを願い求める者は、誘惑と、わなとに陥り、また、人を滅びと破壊とに沈ませる、無分別な恐ろしいさまざまの情欲 に陥るのである。
金銭を愛することは、すべての悪の根である。ある人々は欲ばって金銭を求めたため、信仰から迷い出て、多くの苦痛をもっ て自分自身を刺しとおした。」(第一テモテ6:8-10)
それらの地上の物を追い求める代わりに、使徒パウロは本当に求めるべきものを、テモテに示してしています。
「・・・神の人よ。・・・義と信心と信仰と愛と忍耐と柔和とを追い求めなさい。信仰の戦いをりっぱに戦いぬいて、永遠のいのちを獲得し なさい。」(第一テモテ6:11-12)
主は、私たちがこの地上で肉体を持っており、食べていかなければならず、生活するための様々な必要があることをご存知で す。そして主は、その世話をされると約束して下さっています。(マタイ6:25-32)
しかし、人は主の世話に信頼するよりも、やはり、目に見える物やお金に信頼を寄せてしまう弱さがあります。財産が増える と自分の生活が安泰で、保証されていると思うのです。聖書に出てくるある金持ちの男のように。
彼は、その年、倉に入りきらないほどの穀物を収穫し、さらに新しい倉を建て、それを自分の将来のために貯蓄 しようと考えていました。そして、これで当分は楽して食べて暮らせると満足していたのでした。しかし神は『愚かな者よ、あなたの魂は今夜 のうちにも取り去られるであろう。そしたら、あなたが用意した物 は、だれのものになるのか』。(ルカ12:20)と言って、彼の命を取り去られた のでした。
何に頼っているかによって、人生の質は大きく異なってきます。それには、貧富は関係ないと思います。人は大金を持つとそ の本質がわかるといいますが、貧しくてもやはりその本質がわかるものです。何も持たない状態でも、明日のことを煩わず、ひたすら与え続け る人もいれば、明日のことばかり思い煩ってやつれてしまう人もいます。そして有り余るほどの財産を持っていても、それが減ることを心配して眠ることさえできない人もいれば、惜しみなくそれ を人々に分け与える人もいるのです。
「…たよりにならない富に望みをおかず、むしろ、わたしたちに すべての物を豊かに備えて楽しませて下さる神に、のぞみをおくように、また、良い行いをし、良いわざに富み、惜しみなく施し、人に分け与えることを喜び、こうして、真のいのちを得るために、未来に備えてよい土台を自分のために築き上げるように、命じなさい。」(第一テモテ六章十七~十八節)
私たちが地上にいる間、神様の意思を行うために、自分の持っている物やお金を役立てるのは良いことです。しかし、心があまりにも物やお金に執着し、その追求に囚われるなら、物やお金の奴隷にさせられてしまいます。それは、目をさまして祈っていないなら、誰でも簡単に誘惑され、陥りやすい罠だと思います。
主は、かけがえのない命を与える真理の水を、全ての人に惜しみなく与えておられます。しかし、その価値を十分わかっていないなら、他のものを求め始めてしまうのです。
主こそ、私たちの一生をご存知の方であられ、地上の日数を数えておられる方です。その方に目を留め、耳を傾け従う事以上に、大切なことなどあるでしょうか?
「さあ、かわいている者はみな水にきたれ。金のない者もきたれ。来て買い求めて食べよ。あなたがたは来て、金を出さずに、 ただでぶどう酒と乳とを買い求めよ。
なぜ、あなたがたは、かてにもならぬもののために金を費し、飽きることもできぬもののために労するのか。わたしによく聞き従え。そうすれば、良い物を食べることができ、最も豊かな食物で、自分を楽しませることができる。
耳を傾け、わたしにきて聞け。そうすれば、あなたがたは生きることができる。わたしは、あなたがたと、とこしえの契約を立てて、ダビデに約束した変らない確かな恵みを与える。」(イザヤ五五章一~三節)
どうか、私たちの心が虚しいものに囚われることから解放され、「すべての物を豊かに備えて楽しませて下さる神に、のぞみをおく」ことができますように。主の祝福があなたにありますように!