全てを捧げてくれた愛

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2022年11月12日

「ひとしずく」ーーひと昔編

森林 組合のNさんからこう言われました。「普通ここでは、杉以外の木を取り寄せないのだけれど、どうしても引き取ってくれとお願いされた杉以外の木を駐車場の隅に置いておきました。切ってみて下さい。外側は腐っているけど中身はまだ固いですよ」と。

 息子と私は、先回、丸太切りに来た時に、もうその新しい木材に気がついていました。しかし直径が60センチー80センチもある大きな根株で、切るにも大変そうだったので、 それらを避けて、もっと切りやすい細い杉の丸太を切っていたのです。でもNさんに勧められたので、動かすにも切るにも容易ではないそれらの根株切りに挑戦してみることにしました。

まず外側の腐った部分をそぎ落とすと、Nさんの言われた通り、中身はとても堅いものでした。案の定、切るのにも時間がかかりました。色々な種類の広葉樹があり、切ると、おがくずと共に、その木特有の香りが飛び散りました。あるものうっとりするような香りで、またあるものは甘酸っぱい香りがしたりします。外見は、腐って何の木なのか見分けがつかない状態になっていますが、中には、その木本来の性質がぎっしり詰まって堅持されているです。

   苦労の末、 やっと切り終えたそれらの薪を、感謝して家に持ち帰りました。早速、昨夜、子供たちがそれらの薪をストーブにくべてみました。

 すると何と、寝る前にくべたその薪は、朝方まで燃え続けていたのです。朝、息子が興奮して言いました。「パパ、まだ燃えているんだよ。そしてボイラーの温度が80度(このボイラーの最適温度)だよ。これだと夜も安心して眠れるよ」

   今まで私たちがもらい受けていたのは、杉の根株がほとんどでした。杉は火がつきやすいのですが、燃え尽きるのも早いのです。なので、息子が毎日、明け方の3時に起きて、新しい薪をくべていたのでした。しかし、この広葉樹の薪は、長時間燃え続け、ちょうど良い安定した熱を出し続けてくれるのです。

   それらの腐りかかった大きな根株は、その処分に困った人たちがいて、Nさんもそれを引き受けたもののやはり処分に困っていたものでした。ただ腐って朽ち果てるのを待っていたのです。人から捨てられ使い道がないとされていた厄介ものだったのに、私たちにとってはこんなに有難く役立つものだなんて、スゴイ発見であり、 また大きな喜びでした。それらの根株の大きさからして、おそらく何十年もかかって大きくなった木だったのでしょう。中には百年近くのものもあるかもしれません。  

   それらの木が大きく成長するには、沢山の太陽の光、沢山の水、沢山の栄養、風、世話を受けてきたに違いありません。恵みがぎっしり詰まっているのです。

    それらの木が燃える熱によって暖まったり、またお風呂に浸ったりすると、神様の恵みに預からせて頂いていることを、ひしひしと感じました。  

外見は、ぼろぼろで
何の役に立ちそうにないと
思われた太い根株たち
 
しかし
中には、 しっかりと
気高い香りが詰まっている
 
今まで、自分の身を削り
多くの材木を世に送り出してくれた
 
そして人から捨てられ
その姿も損なわれ
見る人からも嫌われ
 
しかし 
最後の呼びかけに 
再び応えてくれる 
 
身を焼かれるために
投げ出してくれた
子らを暖め幸せにするために
 
自分の全てを与えてくれた 
これらの木々たちに
イエス様の姿が重なる

彼には

われわれの 見るべき姿がなく、

威厳もなく、われわれの慕うべき美しさもない。
 

彼は侮られて人に捨てられ、

悲しみの人で、病を知っていた。

また顔をおおって忌みきらわれる者のように、

彼は侮られた。

われわれも彼を尊ばなかった。

まことに彼はわれわれの病を負い、

われわれの悲しみをになった。

しかるに、 われわれは思った、

彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと。

しかし彼はわれわれのとがのために傷つけられ、

われわれの不義のために砕かれたのだ。

彼はみずから懲らしめをうけて、

われわれに平安を与え、その打たれた 傷によって、

われわれはいやされたのだ。


われわれはみな羊のように迷って、

おのおの自分の道に向かって行った。


主はわれわれすべての者の不義を、

彼の上におかれた。

彼はしえたげられ、

苦しめられたけれども、口を開かなかった。

ほふり場にひかれて行く小羊のように、

また毛を切る者の前に黙っている羊のように、

口を開かなかった。


彼は暴虐なさばきによって取り去られた。

その代の人のうち、だれが思ったであろうか、

彼はわが民のとがのために打たれて、

生けるものの地から断たれたのだと。


彼は暴虐を行わず、

その口には偽りがなかったけれども、

その墓は悪しき者と共に設けられ、

その塚は悪をなす者と共にあった。

しかも彼を砕くことは主のみ旨であり、

主は彼を悩まされた。

彼が自分を、とがの供え物となすとき、

その子孫を見ることができ、

その命をながくすることができる。

かつ主のみ旨が彼の手によって栄える。


彼は自分の魂の苦しみにより光を見て満足する。

義なるわがしもべはその知識によって、

多くの人を義とし、また彼らの不義を負う。

それゆえ、 わたしは彼に大いなる者と共に

物を分かち取らせる。

彼は強い者と共に獲物を分かち取る。

これは彼が死にいたるまで、

自分の魂をそそぎだし、

とがある者と共に数えられたからである。

しかも彼は多くの人の罪を負い、

とがある者のためにとりなしをした

—イザヤ五十三章二~十二節

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