傷を受けられた神

傷を受けられた神

肉体的な傷を受ける、精神的な傷を受ける…

相手に傷をつける、傷を大きくする…

罪が人類に入って以来、悲惨な世界になってしまいました。唯一の解決策は、その傷を真にいやすことのできる主のもとに行くことです。神は私たちの傷がいやされるように、自ら傷を受けられたのです。

主よ、わたしをいやしてください、そうすれば、わたしはいえます。わたしをお救いください、そうすれば、わたしは救われます。あなたはわたしのほめたたえる者だからです。(エレミヤ17章14節)

 言われた、「あなたが、もしあなたの神、主の声に良く聞き従い、その目に正しいと見られることを行い、その戒めに耳を傾け、すべての定めを守るならば、わたしは、かつてエジプトびとに下した病を一つもあなたに下さないであろう。わたしは主であって、あなたをいやすものである」。 (出エジプト15章26節)

傷一つ一つの裏には、原因となる罪が、それが誰のものであれかかわっているように思えます。しかし、それが誰のものであっても、主は罪をゆるされる方です。自ら傷を受けられて、その傷によって私たちは癒されたとあります。

しかし彼はわれわれのとがのために傷つけられ、われわれの不義のために砕かれたのだ。彼はみずから懲しめをうけて、われわれに平安を与え、その打たれた傷によって、われわれはいやされたのだ。

(イザヤ書 53章5節)

彼(イエス・キリスト)は、わたしたちの罪のための、あがないの供え物である。ただ、わたしたちの罪のためばかりではなく、全世界の罪のためである。(第一ヨハネ 2章2節)

何という愛でしょう。罪びとに救いの手を伸ばしてくださる神の愛。全世界の全ての人に機会があります。しかし、それに対して「私は要らない、私は罪びとでもないし、ゆるされる必要がない」と思っている人は、その恵みを受けることができません。

イエスは答えて言われた、「健康な人には医者はいらない。いるのは病人である。 わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである」。 (ルカ5章31-32節)

私たちを神の家族の一員とするため、神も御子も聖霊も、大いなる犠牲を払ってくださいました。父なる神は、御子をこの世の穢れた手によって命を奪われることをしのばれ、御子は私たちの罪の身代わりとして十字架の上で犠牲となられました。

神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。 (ヨハネ3章16節)

神が自ら傷を受けるようなことをされたのは、ただ罪の赦しのためばかりではなく、その贖いを通して、私たちが神の家族の一員となり、神との交わりに入らせていただくためです。

神は真実なかたである。あなたがたは神によって召され、御子、わたしたちの主イエス・キリストとの交わりに、はいらせていただいたのである。 (第一コリント1章9節)

聖霊も罪ある世の人がこの神の赦しの愛を受け入れるように、罪の中にある人のために悲しみ、嘆願し、説得しようとされます。しかし、いつまでも神の聖霊の忍耐を試して悲しませるべきではありません。

神の聖霊を悲しませてはいけない。あなたがたは、あがないの日のために、聖霊の証印を受けたのである。 (エペソ 4章30節)

ですから、こんなにも尊い愛が神から示されている私たちはその愛をないがしろにすべきではないのです。

あなたがたの中に、罪の惑わしに陥って、心をかたくなにする者がないように、「きょう」といううちに、日々、互に励まし合いなさい。 もし最初の確信を、最後までしっかりと持ち続けるならば、わたしたちはキリストにあずかる者となるのである。 それについて、こう言われている、「きょう、み声を聞いたなら、神にそむいた時のように、あなたがたの心を、かたくなにしてはいけない」。 (ヘブル3章13-15節)

御霊もまた同じように、弱いわたしたちを助けて下さる。なぜなら、わたしたちはどう祈ったらよいかわからないが、御霊みずから、言葉にあらわせない切なるうめきをもって、わたしたちのためにとりなして下さるからである。 (ローマ8章26節)

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