ある小石に起ったこと(サムエル記上17章)

ある小石に起ったこと(サムエル記上17章)(2014年3月 ひとしずく1485)

神様:小石よ、今日、私はあな たを使って、大いなる業を行うよ。私はあなたを選んで、私の栄光を現すことにする。

小石:えー、こんな僕にどんな 神様のご計画があるというのですか?こんなにちっぽけな体で、しかも、僕のような小石は他に大勢いるし。動くにも何をするにも、自分では 何もできない、河原にただ転がっているだけの何の価値もない小石なのに。

神様:私はあなたを、この特別 な日の、特別なことのために造ったのだよ。

小石:そんなことおっしゃって も、私には何をすることもできません。

(そんな時向こうから一人の少 年が走ってきた。そして小石を拾い集め、小さな袋に入れ始めた。)

少年:うーん・・・これは大き 過ぎるな・・・。あった!これがいいや。よし、これと。これも・・・。

(少年が、その小石をつかんで 袋に入れた)

小石:えっ、ぼくを、ど、どう するの?

神様:私が言ったように、あな たには特別な使命がある。今日あなたに大切な任務を与える。

小石:それは何ですか?

神様:その時わかるよ。

(袋の中の小石は、少年が何か 人々がざわめく人ごみの中に入って行くのがわかった。そして大声で叫んで話す男の声が聞こえた)

「さあ、向ってこい。おまえの 肉を空の鳥、野の獣のえじきにしてやる!」

(その男の叫び声に対して、 さっき自分を河原から拾い上げた少年も、大声で言い返した。)

「おまえはつるぎと、やりと、 投げやりを持って、私に向かってくるが、私は万軍の主の名、すなわ ち、おまえが挑んだ、イスラエルの軍の神の名によって、おまえに立ち向かう。きょう、主は、おまえをわたしの手にわたされるであろう。わ たしは、おまえを 撃って、首をはね、ペリシテびとの軍勢の死かばねを、きょう、空の鳥、地の野獣のえじきにし、イスラエルに、神がおられることを全地に知らせよう。またこ の全会衆も、主は救を施すのに、つるぎとやりを用いられないことを知るであろう。この戦いは主の戦いであって、主がわれわれの手におまえ たちを渡されるか らである」。( 17:45-47)

神様:さあ、出番だ。心配する 必要はない。私はあなたと共にいて、あなたが私の計画を果たすように導くのだから。この少年は、あなたを使って、敵である巨人の頭を撃つ だろう。あなたはただ、少年の手に任せていなさい。私はこの少年をも導いている。

小石:わかりました。あなたの 御計画のために私を用いて下さい。あなたに委ねます。

(すると、小石は少年に袋の中 から取り出され、投石器の皮のところに置かれた。投石器とは、片手で握れる程度の石を遠くへ投げるための紐状の道具で、古くから羊飼が羊 の群を誘導したり害獣を追い払ったりするのに使っているものだ。少年はそれを勢い良くグルグルとそれを振り回した。小石は、目が回った が、ただ神の偉大な力ある霊が自分を包んでいるのがわかった。そしてこの小石は飛んで行った。そして巨人の額に当たり、その巨人は倒れ た。

その日、その少年は自分の国に 勝利をもたらした。その少年の名はダビデといった。)

ちっぽけで、何の役にもたたな いように思われた小石。誰にも知られていなかったが、神様は知っておられ、計画を持っておられたのである。

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