目に見えない御使いたち 

目に見えない御使いたち (2014年3月)

「定められた日に、ヘロデは王服をまとって王座にすわり、彼らにむかって演説をした。集まった人々は、『これは神の声だ、人間の声ではない』と叫びつづけた。するとたちまち、主の使が彼を打った。神に栄光を帰することをしなかったからである。彼は虫にかまれて息が絶えてしまった。」(使徒12:21-23

ヘロデ王は高ぶり、自分の声を「神の声だ!」と叫ぶ民衆の称賛に酔いしれていました。その時、神は使いを送って彼を打たれ、王は一匹の虫に噛まれて死んだのでした。

神は「使いを送って彼を打たれた」とありますが、使いは人の目に見える形で現れたのでしょうか?もしかしたら、この聖書の記述者には、そう解き明かされたのか、あるいはそこにいたある人達には、特別見えたのかもしれません。

余談ですが、最近インターネットにこんな記事がありました。最近行われたある音楽伝道集会で、ステージのシンガー達を写真で撮ったら、その写真には、何と光り輝く人の姿(天使?)が映っていたそうです。その伝道集会中、すぐにその人は、デジタルカメラに写ったその画面を、そばにいる人たちに見せたそうですが、肉眼ではその光り輝く人の姿は見えなかったそうです。何枚かその写真がインターネットに掲載されていました。

ヘロデを打った御使いの姿もきっと、人々の肉の目には見えなかったことだろうと私は思います。人々が見たもの、それは御使いではなく、彼を噛んだ一匹の小さな虫でした。人々は、「ああ、あれは虫の仕業だ。この王は何と運悪く虫に噛まれて死んでしまったのだろう」、というふうに捉えてしまいそうですが、実はこの背後には神様の御意志が働いていて、人々への特別で大切なメッセージが秘められていたわけです。

私たちの人生にもこれと同じことが言えると思います。私たちは、良い事も悪い事も、物事を表面の因果関係で捉えようとしますが、もっと深い霊的な面から物事を捉えなければ、神が私たちに伝えようとしていることを受け取ることはできないと思います。  

 自分が神であるかのように人々の前で高慢に振る舞うヘロデを、神は低くする必要がありました。そのために神はちっぽけな一匹の虫を使われました。しかし一匹の虫の背後には、間違いを正すために神から使わされた御使いがいたのです。

少年ダビデが巨人ゴリアテを倒した時もそうです。ダビデは一個の小さな小石でゴリアテを倒しましたが、目には見えなくても、きっとその背後にも、神から使わされた天使が働いていたのでしょう。

また、預言者エリシャがその僕(しもべ)と一緒にいて敵軍に囲まれていた時にも、やはりそこに御使いたちはいました。天の軍勢です。しかし、最初、その僕にはその天の軍勢は見えていなかったのです。主が彼の目を開いた時、初めて、僕は、自分たちを囲む敵より遥かに多くの天の軍勢が彼らの周りにいたのを見る事ができたのです。

私たちの周りにも、目には見えないですがいつも私たちを助け、守り導く天使たちが色々な形で働いていてくれていると思います。身近に起こる大きな出来事はもとより、とてもちっぽけな出来事の中にも、その御使いの存在を感じ取り、主の御心を知ることができますように。

「(敵の)王はそこに馬と戦車および大軍をつかわした。彼らは夜のうちに来て、その町を囲んだ。神の人の召使が朝早く起きて出て見ると、軍勢が馬と戦車をもって町を囲んでいたので、その若者はエリシャに言った、「ああ、わが主よ、わたしたちはどうしましょうか」。エリシャは言った、「恐れることはない。われわれと共にいる者は彼らと共にいる者よりも多いのだから」。 そしてエリシャが祈って「主よ、どうぞ、彼の目を開いて見させてください」と言うと、主はその若者の目を開かれたので、彼が見ると、火の馬と火の戦車が山に満ちてエリシャのまわりにあった。」(列王記下6:14-17

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