七月二四日 収穫 (二〇一四年七月 ひとしずく一五九四)
近所の子供が、家の近くにあるグミの実を積むのを助けてくれました。彼は梯子に上って、もっと上にある実を採りたがりました。私は初め、彼にとって危ないだろうと思っていましたが、彼に三段くらい上らせて、私が梯子を支えていれば、大丈夫かなと思い、ちょうど彼の手が届くくらいの沢山の実がなっている所に梯子を据えました。彼は梯子に上り、片方の手で枝を引っぱり、もう片方の手で実を摘みました。そして私は、片手で梯子を支えながら彼のために器を差し出していました。彼はその器にどんどん実を入れていきます。一カ所が終わったら、また場所を変えて、梯子を据え、また同じように摘み取ります。子供もとても要領がよくなりました。彼は私が梯 子を支えているのに完全に信頼して、実を摘み取ることに集中していました。私は、どこに実があるかを彼に教えながら、彼が落ちないように、梯子をしっかり支えていました。私たちは良いチームで働くことができ、また楽しみました。
梯子を支えて、彼が実を採る作業を見ている時、ふと、私は、 イエス様の気持ちを感じとれた気がしました。イエス様は、いつもこのように、私たちのためにしっかり梯子を支えてくださっているのではないかと思いました。私たちが、神様が差し出してくれている実をたくさん摘み取ることができるようにです。私たちは、梯子は主が支えてくださっているので大丈夫 と、完全に信頼し、主の指示に従って、実を収穫するのです。そうすると主は、ますます実を豊かに与えてくださるのです。
主は、私たちが実りある人生、特に福音を伝えて、魂の収穫を刈り取ることができるように、色々な魂を私たちのそばにおいてくださっていると思います。また、私たちがそれらの魂に手が届くように、魂の必要を見させ、知恵と導きを与えてくださいます。ただ、私 たちが主の声を聞き、従うなら、主と共にその魂の収穫を喜ぶことができるのです。主と良いチームで働けることを感謝します。
あなたがたは、刈入れ時が来るまでには、まだ四か月あると、 言っているではないか。しかし、わたしはあなたがたに言う。目をあげて畑を見なさい。はや色づいて刈入れを待っている。刈る者は報酬を受けて、永遠の命に至る実を集めている。まく者も刈る者も、共々に喜ぶためである。そこで、『ひとりがまき、ひとりが刈る』ということわざが、ほんとうのこととなる。わたしは、あなたがたをつかわして、あなたがたがそのために労苦しなかったものを刈りとらせた。ほかの人々が労苦し、あなたがたは、彼らの労苦の実にあずかっているのである」。(ヨハネ四章三五節)