神様の大きな愛の中で

六月十九日 神様の大きな愛の中で (二〇一二年六月 ひとしずく八三九)
 
神様の愛はどれだけ大きいか?
私に永遠の命を下さるほど大きい
私の人生は、神様の永遠のご計画の中にある
この地上の命が終わって霊の命によみがえる時

そこにはすでに新しい世界が用意されている
地上での様々な体験は
永遠の尽きる事のない変化と発見と
新しい体験をちょっと味わうようなもの

天で私たちのために用意されている
突拍子もないことのために
私たちの心と霊を備えようと主は
次から次へと刺激あるチャレンジと
新しい開拓地へと進ませてくれる

今は永遠につながっており、
永遠は今につながっている
今の私の反応
今の私の従順
今の私の信仰
今の私の愛が
永遠の私の人生に反映する

永遠の私の人生は
幸福と愛に満ちたものであると知っている
なぜなら、この全てを計画されたのは愛の神様だから

イエスは私を、その血によって救い
私の人生を愛で満たしてくださり、
真に生きる者となるようしてくださった

イエスは命の君であり
とこしえに神であられる方
死も罪も試練も
彼の聖さと真実と愛の光を
曇らせることはできない

私は、こんなにも大きな
神さまの愛の中に生かされている!

神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。(ヨハネ三章十六節)

わたしたちを愛し、恵みをもって永遠の慰めと確かな望みとを賜わるわたしたちの父なる神。(第二テサロニケ二章十六節)

わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある。(第一ヨハネ四章十節)

 

他の投稿もチェック

ひとしずく1508―別世界へ飛び込む

ひとしずく1508―別世界へ飛び込む (このお話は2014年に書かれたものであることをお伝えします。) 私たちは、自宅から車で一時間ほど行った町に、ひと月に一度かニ度買い物に出かけるのですが、私たちの場所から十キロメートルも車を走らせると、そこはもう雪が全く見当たらない別世界となります。昨日も、母を病院の定期検診と買い物に連れて行ったのですが、いかに自分たちの所が他に比べると雪が多い地域かということがわかります。...

ひとしずく1515-神の見解 

ひとしずく1515-神の見解  神と私たち人間との見解は異なります。私たちはそのことを踏まえて、もっと自分の考えにとらわれず神様の見解を求める必要があると思います。改めて聖書が示す神の見解を心に刻む事ができますように。 主はサムエルに言われた、「顔形や、身のたけを見てはならない…わたしが見るところは人とは異なる。人は外の顔形を見、主は心を見る」(サムエル記上16:7) イエスは答えて言われた、「天地の主なる父よ、あなたに感謝します。これらのことを知恵のある者や、賢い者に隠して幼な子に現してくださったからです。」(マタイ11:25)...

ひとしずく1514-選択という賜物

ひとしずく1514-選択という賜物   あなたは神様の御心を知っていますか?神様の御心、それは、私たちがいつも神様の近くに住まい、神の御顔を仰ぎ、愛し、どんな状況にあっても神様の約束を固く信じ、賛美しつつ御言葉に従って生きることです。しかし、神様は、そんな御自分の思いを押しつけたりせず、私たちの自由意志を尊重し、選択と言う賜物を与えてくださっています。何と深い愛だろうと思います。その神の御姿は、放蕩息子の父親の姿で表されています。  ...