反キリストの霊に立ち向かう

四月十七日 反キリストの霊に立ち向かう (二〇一三年 ひとしずく一一三〇)

彼らの場合、この世の神が不信の者たちの思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光の福音の輝きを、見えなくしているのである。(第二コリント四章四節)

子供たちよ。今は終りの時である。あなたがたがかねて反キリストが来ると聞いていたように、今や多くの反キリストが現れてきた。それによって今が終りの時であることを知る。(第一ヨハネ二章一八節)

 福音の輝きを見えなくしてしまうのは、この世の神、つまり悪魔が、不信の者たちの思いをくらませているからだと言っています。
 悪魔は、より良いもの、自分を高くしてくれるもの、何でも知っているというレベルに引き上げてくれそうなものに、私たちが惹かれるよう誘惑してきます。つまり人間の欲とプライドに働きかけるのです。

元々天使であった悪魔は、神に仕える天使の存在でいることに満足が行きませんでした。自分が神でないことに満足が行かなかったのです。そこで、 自分が神の地位につくために、神に反抗し、また他の天使たちも神様に反抗させたのです。そしてさらに、人間を神に背かせるよう惑わすことで忙しく働いているのです。

悪魔(別名ルシファー)は「全世界を惑わすへび」として聖書に記されています。

巨大な龍、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界を惑わす年を経たへび…(黙示録十二章九節)

人は、アダムとイヴの時から、悪魔にずっと騙され続けて来ていますが、その一番の悪魔の策略は、「神はあなたがたを騙しているんですよ」、と囁くことではないかと思います。それによって、人が神に疑いを抱き、神に背かせる思いを持つなら、悪魔が暴れまくらなくても人に神様が下さった秩序に容易に反抗させることが出来るからです。
 この罪におぼれ、どうしようもなくなった状態の人間を救うために、神様は人の姿をとってやってきて下さいました。しかし、全ての人が神の救いを受け取ったかというとそうではありませんでした。ちょうど罪を犯したアダムとイヴが神様から隠れたように、ある人たちは罪の赦しと救いを差し出すために来られた主の愛を見ずに、神の裁きを恐れて、イエス様のもとに行かずに闇の中に留まろうとしました。

悪魔はそういった人間の罪につけ入り、思いをくらませ、キリストの栄光の福音の輝きを見させまいとするのです。そして相変わらず、悪魔は今も反キリストの霊どもとこの世を支配するために忙しいのです。

私たちは、この悪魔の策略に対し、無知ではないはずです。この世の様々な悪を見て、その背後には悪魔が働いていることを知っています。そして主にあっての私たちの力は、悪魔の力よりも遥かに強く、必ず勝利することも知っています。
 ますます暗くなる一方であるこの現代の世において、私たちは主が自分に与えてくださった任務について今一度真剣に考えてみる必要があると思います。そしてそれに努めなければならないと思います。
 この世のことに思いわずらって、祈ることも主からの任務も忘れてしまうなら、気づかぬ内に悪魔に陣地を次々と奪われてしまうでしょう。
 どうか主が来られる時まで、主からの任務に忠実に励むことができるように、力と恵みが与えられますように。

罪を犯す者は、悪魔から出た者である。悪魔は初めから罪を犯しているからである。神の子が現れたのは、悪魔のわざを滅ぼしてしまうためである。(第一ヨハネ三章八節)

愛する者たちよ。すべての霊を信じることはしないで、それらの霊が神から出たものであるかどうか、ためしなさい。多くのにせ預言者が世に出てきているからである。

あなたがたは、こうして神の霊を知るのである。すなわち、イエス・キリストが肉体をとってこられたことを告白する霊は、すべて神から出ているものであり、

イエスを告白しない霊は、すべて神から出ているものではない。これは、反キリストの霊である。あなたがたは、それが来るとかねて聞いていたが、今やすでに世にきている。

子たちよ。あなたがたは神から出た者であって、彼らにうち勝ったのである。あなたがたのうちにいますのは、世にある者よりも大いなる者なのである。」(第一ヨハネ四章一~四節)

他の投稿もチェック

この悪い時代にあって

ひとしずく1545-この悪い時代にあって セウォル号沈没事故からひと月になります。未だ、毎日のように、新たにわかった事実が報道されています。船が沈みかけていると いう土壇場で、船 長がとった咄嗟の行動が、我先にと自分の命を守るということでしたが、自分ももし船長の立場であったらどうしたであろうと考えさせられた人も多かったので はないでしょうか。 パニックになると人はどんな行動をとるかわかりません。が、一つだけ言えることは、こういった土壇場でも、やはり日頃の態度が あらわれるということではないかと思います。...

子供のために

ひとしずく1534-子供のために  子供の日に、テレビで子供たちについての番組を見ました。子供たちが自分たちだけで自由に遊べる「秘密基地」について のものでした。 学校と塾での勉強の詰め込みで、ただでさえ遊ぶ時間のない子供たちのために、お母さんたちが立ち上がり、都会の公園の中 に子供のための空間が造られました。子供たちによって造られるツリーハウスのようなものですが、初めは「子供たちが怪我したらどうする」...