安息日

十月六日 安息日 (ひとしずく六〇九) 十一 月に家族で秋田に行くことができるようになりました。最初は状況から見て不可能に思えましたが、主は私たちの祈りを祝福し、それを叶えて下さったのです。 これは主が単に祈りに答えて下さったということだけではなく、家族が共に同じ時を過ごし楽しむということが、主の御心に適ったものだったからだと思っています。 主は私たちが家族、または友人などと、絆を深め互いに楽しい時間をとることを本当に喜ばれるのだと思います。私たちは、ともすれば、ただ生活と仕事の忙しさに追われ、そしてそれを優先順位の第一に置い...

一粒の種

十月五日 一粒の種 (ひとしずく六〇八) よくよくあなたがたに言っておく。一粒の麦が地に落ちて死ななけれ ば、それはただ一粒のままである。しかし、もし死んだなら、豊かに実を結ぶようになる。(ヨハネ一二章二四節)                「小さな種」 小さな種よ    お前は自分がどんな者になるかわかっているかい?    いえ、知りません    私については色々なことが語られています...

荷物のかたわらにとどまる人たち

十月四日 荷物のかたわらにとどまる人たち (ひとしずく六〇七)  ダビデは自分の主君イスラエルの王サウルの手を逃れていました。それは、サウルが国民の人気を集めているダビデによって自分の王位を失ってしまうことを恐れていたからでした。 ダビデはもはや逃げ場がなく、手勢わずかの軍と共にサウルの敵であるアキシ王(ペリシテの王)のところに身を寄せていまし た。  アキシ王及びペリシテの他の王たちは、イスラエル、つまりサウル王との戦いに、ダビデとその兵士を連れて行くことを許さなかったので、ダ...

その時、風が吹いたのは…

十月三日 その時、風が吹いたのは… (二〇一一年 ひとしずく六〇六) その時、風が吹き放射能を乗せてこちらにやってきた。なぜその時、風がその方向に吹いたのか神様はご存知だ。そしてその結末も。...

その時、風が吹いたのは… 

十月三日 その時、風が吹いたのは… (二〇一一年 ひとしずく六〇六) その時、風が吹き放射能を乗せてこちらにやってきた。なぜその時、風がその方向に吹いたのか神様はご存知だ。そしてその結末も。...

私の元に来なさい

十月二日 私の元に来なさい (ひとしずく六〇五) 次から次へと、押し寄せる仕事と人生の嵐の中で 翻弄される小舟のように思えるのかい? 私が舵をとってあげよう 私に信頼しなさい じきに、嵐が静まり、波は穏やかになるから  あなたにひとつお願いがある  この嵐が過ぎ去ったら  また小舟をこぎ出す前に しばらく 私と一緒にいてほしい 嵐の最中には あなたに語りかけたくても 話せないことがたくさんある だから凪になった時 静まって私の声に しばらく耳を傾けてほしい 人生の航海では 嵐以外にも、月や星の見えない真っ暗な夜も...

祈らないなら

十月一日 祈らないなら (二〇一一年 ひとしずく六〇四)  母親から、秋になったら来ないかと言われて、十一月の初めに実家の秋田に行くことを子供たちと話し合っていました。バイトをしている子達がいて、その都合上、家族の日程が揃わないので夏に行くのは難しかったのです。それで秋には何とか都合をつけ、皆で大根を採るのを助けに行こうかと思っていました。...

人は何で生きるか

九月三〇日 人は何で生きるか (ひとしずく六〇三)  神様から、双子の赤ちゃんを産んだばかりの母親の魂を天国に連れてくるようにと言われた天使がいました。しかしその母親は、迎えに来た天使に、子供のためにどうか生かして下さいと嘆願したのでした。...

神の小さな声に従う

九月二九日 神の小さな声に従う (二〇一一年十月 ひとしずく六〇一)  福島でお米を作っている農家の人がテレビに出ていました。ちょうど、放射能の暫定規制値以下で、出荷できるという知らせが届いたばかりの農家の人たちの反応でした。  ある農家の人は、満面笑顔で感激していました。どんどんお米を作れると。 しかし、ある農家の人は、規制値以下だとわかっても「言葉にできない複雑な気持ちです」と言って、これから続けるかどうかわからないというようなことを話していました。  ...

大志を抱いて

九月二八日 大志を抱いて (二〇一二年 ひとしずく六〇〇)  江戸幕府の支配が終わろうとしていた時、日本は、不安と混乱の最中にありました。新しい時代には、先人たちが築き上げて来た文化と伝統だけでは、立ち行くことはできないと、誰の目にも明らかでした。西洋諸国に比べ、日本がどれだけ立ち後れているかを知って、焦りや諦めを持つ人も多かったことと思います。...