この方によって・・・

 九月十六日 この方によって・・・ (二〇一四年 ひとしずく一六九三) 人生の意味と目的を探しているなら、 この方のことを深く知ることなしには、的を外したものになってしまうと私は思う。 この方は、御自分が造られた世界にやって来られ、権威をふるうことをせず、被造物の一つである人間の姿になられて地上を歩まれた。 人から捨てられ、嘲られながらも、なお愛のために生きられた。 彼は、その「御足の跡に踏み従うよう」私たちにその模範を示された。 それは、私たちの喜びが満ちあふれるための道。 この世が決して与えることのできないもの。...

主とゴールに集中して

九月十五日 主とゴールに集中して (二〇一四年 ひとしずく一六九四)  先月、娘のYは、自分で稼いだお金でテレビを購入しました。それほど大きなものではないのですが、一番安くて、そこそこのサイズのものです。  私は、テレビを購入することについて、懸念がありました。家族が集まる居間にいくといつもテレビがつけられているという状態では、家族のお互いの会話やコミュニケーションが損なわれてしまうと思うのです。一方的に話続ける見知らない人がわが家の居間に居続けて、こちらの気持ちなどおかまい無しです。―ハ。...

実現に至らせてくださる神

九月十二日 実現に至らせてくださる神 (二〇一四年 ひとしずく一六八九)  先日、母を定期検診に病院に連れて行った帰り、母が「墓に行ってみるか?」と尋ねました。墓と言っても、母が言うのは、墓の隣りにある廃屋のある場所のことです。私は、「うん、行こう。見てみたいよ」とすかさず答えました。  私が留守をしていた間、母と息子は、この廃屋の廃材の片付けをやってくれていたのです。もうほとんど片付いたということで、母はその進歩を私にも見せたかったのです。...