永遠の命 (2011年8月配信 ひとしずく 547)
今回、東松島の子供会の軽井沢キャンプにあたっては、数々の喜びに与らせていただきました。子供たちやお母さんたちの笑顔を見させていただいただけでも、十分祝福でしたが、やはり主イエス様の御名を宣べ伝えることができたこと、これ以上の喜びはありません。
彼らにとっても、遠い軽井沢まで来て、美しい場所を見、そしておいしい物を食べることができただけでも、きっと素晴らしい気分転換だったでしょうし、大勢の人たちから受けた支援も、大きな励ましになったことは確かだと思います。しかし、イエス様を彼らが心の中に受け入れたということは、それ以上の特別な祝福をもたらすことでしょう。
彼らがこれから涙を流す時、慰めや助けを求める方がいるのです。誰にも言えない間違いを犯して苦しむ時、それを告白し、赦してくださる方がいるのです。今彼らは、自分たちの心の願いや祈りを聞いてくださる方を持っているのです。
物資援助という種からは、生活改善という実が結ばれるでしょう。知識という種からは、技術や効率という実が育つことでしょう。愛という種からは、人と人との絆という実が……。これらはどれも素晴らしいことです。
しかし、福音の種からは、どんなものにも勝る、神様と人とのつながりによる「永遠の命」という実が結ばれるのです。
主は地上を歩まれた時、食物を必要としている人たちには、パンや魚を供給されました。そして病で苦しんでいる人には癒しを与えられました。しかし、なによりも、主の地上での使命は、人々に「永遠の命」を与えることだったのです。
主が私たちに与えてくださった務めの中でも、とても特別で、祝福されている務めは、やはり愛と福音のために働くことだとつくづく思います。そして今回も、その務めに与らせていただいたことを心から感謝しています。
朽ちる食物のためではなく、永遠の命に至る朽ちない食物のために働くがよい。これは人の子があなたがたに与えるものである。父なる神は、人の子にそれをゆだねられたのである。(ヨハネ6章27節)
祈り
主イエス様、あなたを信じる者たちが、永遠の命に至る実を結べるように、福音のための扉を大きく開いてください。そして、あなたがそれを開かれた時、臆することなく入っていくことができますように。同時に、宗教的な満足感のために、それが押しつけとなることがないように助けてください。
蒔くことがなければ刈り取ることもありません。どうか、忍耐をもって蒔き続ける信仰も与えてください。心を愛と祈りで耕す農夫のようなくじけない霊で、私たちを祝福してください。傷のあるところに癒しを 疲れた者に休みを 悲しんでいる者に喜びを、そしてなによりも、地上のすべてのものを失っても、決してなくなることのない、永遠の命であるあなたを下さい。