「ひとしずく」ーーひと昔編
想定外のM九・〇の地震、想定外の津波、想定外の原発事故・・・。人間の知恵と技術を遥かに超えた自然の猛威。今回の震災でこの「想定外」 という言葉を何度耳にしたことでしょう?
今、この「想定外」のことが、いつ自分や家族の身に起こるかと、不安と恐れに駆られている人も多いことでしょう。しかし、この「想定外」とは、何も悪いことばかりに当てはまるのではありません。
これは今朝、私の古くからの友人であるMさんから電話で聞いたお話です。
私がそのMさんに「そちらはどうですか?」と尋ねると、「店に行っても何もないです。お米も売ってなくて。でも、大丈夫、イエス様がついているから」と言って、Mさんは次のような話をしてくれました。
地震の起る前日、千葉のMさんの所に突然、新潟に住む彼女のお兄さんが車で訪ねて来たそうです。彼は他の場所に行くつもりだったのですが、車のナビに導かれながら走ってきたところ、気づくと間違ってMさんの所に来てしまったそうです。彼は、どうしてこうなったのかと不思議に思っていたようですが、ちょうど車に積んでいたお米をMさんの所に降ろして、また急いで用事のある人の所に向かったそうです。地震後にはすぐに、スーパーやコンビニからお米が消えましたが、Mさんはそのお兄さんが置いていってくれたお米があったので、困ることがなかったのです。 Mさんの生活は、決して豊かとは言えませんが、その中でも他の人にできるだけ尽くそうとする人です。そうしたMさんを、やはり神様は見捨てられなかったのです。
神はこのような「想定外」のことを起こされ、私たちに喜びと感動を与えて下さる方です。
今回の震災では、被災に遭った人たちのために、日本中の人が親身になって、命をかけて人を助けたり、物資や義援金を寄付したり、自分の家まで提供する人などの思いやりが日本中に広まっています。譲り合ったり、節約したり、不平を言わなくなったり、忍耐するようになったり・・・。 人が謙遜で優しくなって、愛の国に変わったようにさえ思えます。これも地震が起こる前の日本から見たら、まったく想定外のことと言えるのではないでしょうか? その他、震災に関係なくても、人の常識や経験で考えたらあり得ない癒しの奇跡や、状況の変化、そして供給の奇跡などといった「想定外」もたくさんあるのです。
どうか、私たちが想定外の出来事に恐れるのではなく、想定外に私たちを助け、喜ばせて下さる憐み深い全能の神がおられることに目を留めることができますように。
目がまだ見ず、耳がまだ聞かず、人の心に思い浮びもしなかった (想定外の)ことを、神は、ご自分を愛する者たちのために備えられた。(第一コリント二章九節)