執筆者 Akashi | 9月 18, 2024 | 記事
新しく造られる 良い行いをもって償おうとすることは、自分で自分を救おうとしていることで、神はそのような犠牲を顧みられません。よく自分の欠けていることを、行いによって繕おうとすることは、神に完全に従うこととはかけ離れていることです。ある人は、他の人が善行/慈善行為/奉仕などをしているから、自分たちもそうすべきだと思いますが、これも同調圧力に影響されているだけであって、たとえそれが良いことだと言われていることでも、その動機を調べてみる必要があります。...
執筆者 Akashi | 9月 17, 2024 | 記事
求める—肉か霊か 自分を満足させるために、快楽を求め、肉を求め、富を求めても、結局は自分の手から逃げていく。求めているのに得られない…。 ヤコブの書に「求めても得られないのは、自分の快楽のために使おうと、悪い動機で求めるからです」(新改訳Ⅳヤコブ4章3節)とあります。 こうした状態が「肉にある」「肉のうちにある」ということです。そしてそうした状態にあるつまり、悪い動機で求める状態にあるその人の思いを「肉の思い」と表現されています。...
執筆者 Akashi | 9月 16, 2024 | 記事
見よ、わたしは新しいことを行う 今回の旅の終りに、ある兄弟が、素敵な絵を下さいました。それは神様の両手の中に、芽を出したばかりの植物があり、背景には虹が描かれていました。そしてそこには、「見よ、わたしは新しいことを行う。今、それが芽生えている」(新改訳Ⅳイザヤ43章19節前半)の聖句がありました。 色々な地域のエクレシアを訪ねさせて頂いて、それぞれの中に主が働かれておられるのを目にして、御霊の働きの美しさ、そしてそれに譲渡して従う人の証…これこそ、エクレシアの命の輝きと感動せずにおられませんでした。...
執筆者 Akashi | 9月 15, 2024 | 記事
詩篇16篇 ダビデのミクタムの歌 神よ、わたしをお守りください。わたしはあなたに寄り頼みます。 わたしは主に言う、「あなたはわたしの主、あなたのほかにわたしの幸はない」と。 地にある聖徒は、すべてわたしの喜ぶすぐれた人々である。 おおよそ、ほかの神を選ぶ者は悲しみを増す。わたしは彼らのささげる血の灌祭を注がず、その名を口にとなえることをしない。 主はわたしの嗣業、またわたしの杯にうくべきもの。あなたはわたしの分け前を守られる。 測りなわは、わたしのために好ましい所に落ちた。まことにわたしは良い嗣業を得た。...
執筆者 Akashi | 9月 14, 2024 | 記事
あなたはいやされたいのか(ヨハネ5章6節)...