人の心を探り知る方

人の心を探り知る方 主よ、どうか、今日肉のうちではなく、霊のうちを歩めますように。今日わたしの近くを通り過ぎる人がどれだけ傷つき、うちしおれた思いで歩んでいるか、主よ、あなたによらないなら、人の心は知ることも察することもできません。御霊の助けによって、気づかせてください。 …御霊もまた同じように、弱いわたしたちを助けて下さる。なぜなら、わたしたちはどう祈ったらよいかわからないが、御霊みずから、言葉にあらわせない切なるうめきをもって、わたしたちのためにとりなして下さるからである。...

御心を行う器となるために

御心を行う器となるために 神の御心は、失われた者に手を伸ばす。自分の命を惜しんでいると、それができない。 パウロは、「生きているのは、もはやわたしではない。キリストがわたしのうちに生きておられる」と言いました。キリストのわざをするにあたり、まだ自分が生きていて、自分のしたいことを求めている自分がそこにいるなら、神の御心を行うことの妨げとなってしまいます。 肉はわきにどかないといけません。 みこころがなりますように、と祈りながら、肉の思いが胡坐をかいて邪魔になってはいけないのです。...

すべての道で主を認める

すべての道で主を認める 今日、遠くからやって来る兄弟姉妹がいます。 こうした土砂が家の前に積み上げられた状態で、迎えることになった聖徒たちとの交わりは、予想も期待もしていませんでしたが、神は御存知です。 私たちは、遠くまで予測がつきませんが、主は守り、災いのように見える中でも、守り、励ましを与え、御心を成し遂げて下さいます。感謝です。 もし、私たちが全てを計画するのだったら、こうしたタイミングでは、決してこのようなアレンジはしなかったと思います。しかし、神様には、良い理由があってなして下さっています。...

主の山に備えあり

主の山に備えあり これらの事の後、神はアブラハムを試みて彼に言われた、「アブラハムよ」。彼は言った、「ここにおります」。 神は言われた、「あなたの子、あなたの愛するひとり子イサクを連れてモリヤの地に行き、わたしが示す山で彼を燔祭としてささげなさい」。 アブラハムは朝はやく起きて、ろばにくらを置き、ふたりの若者と、その子イサクとを連れ、また燔祭のたきぎを割り、立って神が示された所に出かけた。 三日目に、アブラハムは目をあげて、はるかにその場所を見た。...