箕を手に

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2024年6月17日

箕を手に

神は創造者、サタンは被造物です。神は聖なる方ですが、サタンは穢れた者で、周りの者を罪の穢れに道連れにします。

そして神がまことの光であるのに対して、サタンはまがいものの光です。つまり誤った道に導くものです。サタン自身が神への反乱を起こした者で、今に至っていますが、世界を自分の滅亡の道づれにしようとしています。

 箕(み)という農具は、もみ殻と実(お米や麦)を選別するために用いられるもので、脱穀したものをその上に置いて、それを空中に放り上げて、もみ殻が風によって飛ばされ、重い実はその農具の上に落ちてくるというものです。聖書には、この箕をイエスが手に持っている、とあります。今人類が迎えている時代は、まさに脱穀された一粒、一粒である個々の人間が、神の風にあおられて選別されようとしている時です。空中に放り出されて、自分の中に重しとなる真の実がないと、吹き飛ばされるだけです。

わたし(バプテスマのヨハネ)は悔改めのために、水でおまえたちにバプテスマを授けている。しかし、わたしのあとから来る人(イエス)はわたしよりも力のあるかたで、わたしはそのくつをぬがせてあげる値うちもない。このかたは、聖霊と火とによっておまえたちにバプテスマをお授けになるであろう。 また、箕を手に持って、打ち場の麦をふるい分け、麦は倉に納め、からは消えない火で焼き捨てるであろう」。 (マタイ3章11-12節)

私たちには永遠の重しがあります。たとえ世界が吹き飛ばされても、動かないものとしてあります。それは神の真理の言葉です。

天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は決して滅びることがない。 あなたがたが放縦や、泥酔や、世の煩いのために心が鈍っているうちに、思いがけないとき、その日がわなのようにあなたがたを捕えることがないように、よく注意していなさい。 その日は地の全面に住むすべての人に臨むのであるから。 これらの起ろうとしているすべての事からのがれて、人の子の前に立つことができるように、絶えず目をさまして祈っていなさい」。

(ルカ21章33-36節)

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