悩みの時の砦

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2024年4月23日

ひとしずく1520-悩みの時の砦

 「主は人の悪が地にはびこり、すべてその心に思いはかることが、いつも悪い事ばかりであるのを見られた。主は地の上に人 を造ったのを悔いて、心を痛め、「わたしが創造した人を地のおもてからぬぐい去ろう。人も獣も、這うものも、空の鳥までも。わたしは、こ れらを造ったことを悔いる」と言われた。しかし、ノアは主の前に恵みを得た。

 ノアの系図は次のとおりである。ノアはその時代の人々の中で正しく、かつ全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。ノア はセム、ハム、ヤペテの三人の子を生んだ。

 時に世は神の前に乱れて、暴虐が地に満ちた。神が地を見られると、それは乱れていた。すべての人が地の上でその道を乱し たからである。そこで神はノアに言われた、「わたしは、すべての人を絶やそうと決心した。彼らは地を暴虐で満たしたから、わたしは彼らを 地とともに滅ぼそう。あなたは、い とすぎの木で箱舟を造り、箱舟の中にへやを設け、アスファルトでそのうちそとを塗りなさい。」(創世記6:5-14)

 聖書にはノアの時代の状況について、世は神の前に乱れて、暴虐が地に満ち、人の心に思い図る事はいつも悪い事ばかりで あった、と記されています。そして、それは神様が人を創造したことを悔いるほど、ひどかったというのです。

 ノアは、そんな中で、箱船を造ることを主から命じられました。ノアは、神様が世を滅ぼすというお告げを聞いていたので、 きっと急ぎたい思いにも駆られたのではないかと思いますが、造るのに120年もか かったということなので、決して手抜きの工事をすることはなかったのでしょう。 「ノアはすべて神の命じられたようにした」(創世記6:22)と聖書にある通り、忠実にそれを行ったのだと思います。

 イエス様は、「人の子の現れるのも、ちょうどノアの時のようであろう」と言われました。ですから、世が乱れていたノアの 時代に今の時代も似てきているのだと思います。 そんな暴虐の満ちた時代にあって、ノアは主からの召しを全うしました。きっと自分の思い を、かなり主の語られていること や指示に集中する必要があったことと思います。そうでなければ、船の建築の指示を細かく主から聞き、その通り造り上げるというのはとても できることではなかったことでしょう。ノアは、神の警告を人々に伝え続けたとは思いますが、世に満ちる暴虐について、嘆いたり、悲観して いる暇はあまり無かったのではないかと思います。彼は、とにかく箱船を造るため、主に従う事に必死であったことでしょう。

 暴虐が満ちる世にあって、ま た家族以外に誰も理解してくれる人のいない中で、ノアがやり遂げることができたのは、ただ彼に主の恵みがあったからだと思います。

きっと箱船を造り始めたノアは、周りの人からたくさんの妨害や、あざけり、嫌がらせ、あるいはあからさまな攻撃さえ受けた ことでしょう。しかし聖書に 「主の使は主を恐れる者のまわりに陣をしいて彼らを助けられる。」(詩篇34:7)とあるように、主は、天使たちの保護によって、暴虐を行う者たちやサタンからノ アたちを守られたのです。

 モーセとイスラエルの民がエジプトのパロの軍勢に追われた時も、主の使いと雲の柱がイス ラエルの民とエジプトの軍勢の間に垣根のようになって、イスラエルの民を守りました。

 「このとき、イスラエルの部隊の前に行く神の使は移って彼らのうしろに行った。雲の柱も彼らの前から移って彼らのうしろ に立ち、エジプトびとの部隊とイスラエルびとの部隊との間にきたので、そこに雲とやみがあり夜もすがら、かれとこれと近づくことなく、夜 がすぎた。」(出エジプト 14:19,20)

 どうか主が、悩みの時の砦となってくださいますように。敵である悪魔があなたの思いと心を挫こうと近づくとき、主の御使 いがあなたを取り囲んで、保護と平安を与えてくださいますように。そして暴虐が迫り、悪の策略があなたに対してなされる時にも、主の恵み と助けによって、主の召しに従うことができますように。神の恵みが豊かにありますように。

 「志の堅固な者を、あなた(主)は全き平安のうちに守られます。その人があなた(主)に信頼しているからです。」(イザ ヤ26:3 新改訳改訂第3版)

「主はしえたげられる者のとり で、なやみの時のとりでです。」(詩篇9:9)

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