子供たちのためにできること

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2024年2月23日

子供たちのためにできること (ひとし ずく1096 2013年2月)

 学校 の父兄会に和尚さんが招かれて、話をしてもらっていることが昨日のNHK番組で取り上げられていたそうです。わたしの妻が少しだけ見ることが できたと彼女の子育てメールに書いてありました。ですから、その全体の話はわたしにはわかりませんが、そこで引用されていた和尚さんの言葉 は、良心に響くものがあると思います。

 「そ の時、あなたは何をしたのか?」という問いです。人は、子供がいじめられたり、大きな問題が起ったりした時、学校を、教師を、制度を批判しま す。しかし、子供がどんな状態なのかを親は、気づかなかったのか?気づいたら何をしたのか?という問いです。

以下 は、ちょうど昨日、現代の子供たちが置かれている状況は容易ではないと考えさせられていた時、書いたものです。


現代の子供たちを見ていると気の毒に思えてくる。
朝から晩まで、勉強漬け。
本人が望むなら、ともかく
日中、学校の授業でじっと座って勉強し、
帰ってくると宿題がたくさん待っている。
さらに部活や塾に習い事。


親は子供を急き立てて
次から次へと、やる事になっていることを
ちゃんとしているかを監督するのが
親の努めと思っている。

子供は遊びから学ぶという言葉は
今では化石のようなもの。
遊ぶといっても家の中での
コンピューターゲーム。

遊びから学ぶとは
自然の中で魚や虫や動物たちと
そして仲間たちと一緒になって遊ぶことを
言っていたのだと思う。

もっとも、すぐそばにある自然は
どんどん汚染されつつある。
自然は今、脅威にさえなりつつある。
私たちが自然に対して
感謝なく、優しさなく
世話なくやってきてしまったから。


そんな中で、子供の健全な精神と心を
どうやって培って行けば良いのだろう?
親として、大人として何ができるのだろう?
次の世代に対してすべきことは何なのだろう?


もう一つ便利な物を生産して
それを残していくことだろうか?
子は親の姿を見て学ぶ、とあるけれど
子供の手本として、親、そして大人が
どんな生き方をすることを
主は望んでおられるのだろう?

「わた しが選ぶところの断食は、
悪のなわをほどき、
くびきのひもを解き、
しえたげられる者を放ち去らせ、
すべてのくびきを折るなどの事ではないか。

また飢 えた者に、あなたのパンを分け与え、
さすらえる貧しい者を、あなたの家に入れ、
裸の者を見て、これを着せ、
自分の骨肉に身を隠さないなどの事ではないか。」
(イザヤ58:6,7)

こんな 聖書の言葉があるけれど
現代の子供たちこそ
しえたげられ、くびきを負わせられているように思える。

子供た ちにとって
社会全体が自分にプレッシャーを与えていると感じる時
また孤独に感じられる時

主イエ ス様が、取税人の仲間となり
罪人や遊女らの友となられたように
私たちもそうした子供たちの友となり
子供たちが安らぐことのできる覆いの翼を
備える者となるべきなのだと思う。

イエス 様はきっとそう願っておられるに違いない。
なぜなら、イエス様は、子供たちを本当に愛し
本当に大切に思っておられるのだから・・・。

「子供 たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。」(ルカ18:16)

以下の祈りは再び子育てメールからの引用です

☆     主よ、あなたは色々な人を使い、今の教育の場そして家庭の場にメッセージを送られている事を感謝します。主よ、あなたは子供達の心をケアする ものとして私達 を子供達の親として立てられました。どうぞ、私達が彼らの心を見ようと努力するのを助けてください。あなたは私達が必死にな るなら、必ず、助けられる方です。そこには道があることでしょう。愛は道を見つけることを信じます。

 (あなたは道であられ愛の方です。私たちが、子供たちが慰められ、励まされるように、私たちを愛で 満たして下さい。子供たちが進んで行く道を彼らが見つけるのを私たちが支援することができますように。ちょうどあなたが私たちのすぐそばにい ていつもそうして下さっておられるように、私たちも子供に対してそのような存在となれますように。)

 どうか、私達親を助け、子供達を真の意味でケアすることができますように。これは 日々のことです。日々、彼 らのために祈るのを助けてください。イエス様のお名前で祈ります。

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