ゆっくりの効用

j
2024年2月15日

ゆっくりの効用 (2013年2月 ひとしずく1088)

 今日、薪が足りなくなったので、また息子と一緒に、森林組合のところに行きました。 雪に埋もれている太い丸太を掘り出す作業、そしてこれらの丸太をチェーンソーで切る作業は、大仕事でなかなか時間がかかります。 ある人たちから見たら、このように冬の燃料一つを手に入れるにも、何時間もの時間を費やさなければならないなんて、何と非効率なことをして いるのだろう、と思えるかも知れません。私自身、毎朝の雪かきや薪集めなど、他の地域に住んでいたならしなくて済むことに時間を取られて、こ れらがなければ他の仕事をどれだけ進めることができるだろうと思ったりします。私たちが自由に持っていくことのできる丸太の上には、1メート半ほどの雪が積もっていました。丸太を取り出すには、まずその雪を除ける必要が あるのですが、やっと雪を掘って、丸太が顔を出した時にはもう大分時間がかかっていました。

私は息子に、「切り始める前に、ちょっと休憩し ようか」と言って、家を出る時に、娘がくれた手作りのクッキーや母親がくれたつまみを取り出して、作業していた場所で二人で食べ始めました。 この日は久しぶりに天気が良く、いつもに比べたら気温も暖かでした。一息つきながら眺める青空と、そこに白く雪をかぶった樹木の枝が伸びてい ます。木の幹や根元は焦げ茶色が縦のきれいな模様が雪原に映えています。

私たちはそんな風景を眺めながら「きれいだね」 を連発しました。息子は「こんな自然の中で働くっていいね。レジの仕事 (彼が前やっていたバイト)よりずっといいよ」と言いました。

 私も、息子と一緒に汗を流しながら働けることに、感謝の気持ちが湧き上がっていました。そして、エッチラオッチラと仕事がなかなか捗らない ように思える時間は、実はとても祝福された時間なのだと思いました。

私たちはこのような田舎暮らしで、何をするにも 余計な時間がかかるけれど、こうしてきれいな自然の中で、子供と一緒に働ける時間を持てている。もし自分がしたいと思っている仕事だけを、超 特急並みにし続けていたら、このように息子と共に働いたり、一息いれて会話を楽しむことも、また美しい創造物を眺めて主の 愛に感動する機会も逃していたことだろうと思いました。

 そして気がついたのです。これが、ゆっくり行くことの効用の一つなのだと。

 現代の生活において、私たちは何に関してもスピーディーに物事を成し遂げようとする誘惑に駆られます。より多くをより短い時間にと。 

 時々主は、私たちの望んでいた計画に反して、病気や事故や、あるいは何か思いがけない問題が起こるのを許されることがあります。そんな余裕 は無いと思える時に。

   それによって自分の計画は思い通りには行かず、滞り、時には台無しになることさえあるかも知れません。

   しかし主は、私たちの身において、何がなされな ければならない最も大切なものかを良くご存知です。主は天と地を支配しておられる方です。したがって、主には良い理由があって、私たちが立ち 止まったり、ゆっくり進めざるを得ない状況を用いられるのです。

 主は、必要とあれば、物事を素早く、あるいは一瞬の間にでも終わらせることが出来ます。しかし、あえて、ゆっくり物事を進めていくようにさ れるのは、きっとその方が、私たちや周りの人たちにとって、もっと大切であり、貴重なことを学ぶことができるということを知っておられるから なのだと思います。

主は改めて、物事をゆっくり進めていくことの大 切さ、その効用について教えて下さったのでした。

   物事が思ったように捗らないように思える時間も、貴重な時間として、主に感謝すべきものなのだと思いました。

愛はゆっくりの中で育まれていきます。どうか今 日という日を、主のペースで進んで行くことができますように。

他の投稿もチェック

さまよえる群れ

ひとし ずく827-さまよえる群れ 以前、都内で大規模防災訓練が行われました。 震災に 遭ったと仮定して、一時避難所へ携帯メールを通して、避難するという訓練でした。しかし、その多くの人が臨時に設置された指示経路からの 情報をどうやって受け取ることができるか、わからなくて迷っていました。 ぞろぞ ろ歩いていく人の群れに「今、どこに向っているんですか?」とインタビューすると幾人もの人が「わからない」と答えていました。そして...

イエス様を受け入れるか否かの選択

ひとしずく819-イエス様を受け入れるか否かの選択 バイブルクラスに参加していた一人が、イエス様に出会って救われる前と、救われた後では、色々な事に対する見方が違うと話していました。たとえば、クリスチャン作家の映画や小説は、救われる前は、大変退屈なものだったけれども、救われてからは同じものでも、全く違った意味深いものになったということでした。 私もその通りだと思いながら「イエス様を受け入れるか否かの選択」がもたらす大きな違いについて考えたのでした。...

光を灯して

ひとしずく811 光を灯して <ある夜遅く山道を運転していた時のこと:> …山道にさしかかった時には、もう真っ暗になっていました。他に通る車もなく、その道には全く街灯がありません。山のカーブ道が続き、ある所は片側が谷になっている所もあり、しかもガードレールもない部分もあるので、一歩間違えたら、それこそ命取りです。 この暗闇の危険な道で、唯一頼りになるのは車のヘッドライトです。その光が、道の中央線や路側帯のラインやガードレールを照らし出してくれ、行くべき道を導いてくれるのです。...