3.11 永遠への始まり

3.11 永遠への始まり  (ひとしずく748)

 今日は、3月11日です。この一年 を振り返って、被災した人たちの失ったものの大きさ、まだ山のように残っている瓦礫となかなか進まない復興、原発問題、先の見えない生活、そして愛する人を失った大勢の方たちの悲しみを考えると、心が痛みます。しかし、そのことで、祈っていると、聖霊が、この一年を振り返るなら、永遠に続く価値あるものがたくさん始まった一年として見ることを教えてくれたように思いました。

分け合うことが始まりました
助けることが始まりました
生きることが始まりました
希望が始まりました
それらは永遠です

多くの人がスタートを切りました
愛と慰めのすばらしさを実感して、永遠に続く愛のスタートをしたのです
共に働く事、助け合うことのスタートをしたのです
応援し、助けの手を差し出すスタートをしました

この一年は
愛のこだま
愛の波紋
愛の呼びかけ
愛のムーブメントの始まりの年だったのです

あなたもそのスタートに加わりなさい。
まだ遅くはないのです

今が始まりです
今があなたの手を伸ばす時
今が癒しの時
今が慰めをもたらす時
永遠へのスタートが
今始まるのです
 
失ったものを数えてはいけません
神の目に尊いのは
助け合いであり
与えることであり
慰めであり、
手を差し出すことであり、
分ち合いです。
そして、希望を持って進み続けることです
 
永遠の中で、
ローマ帝国も、
あらゆる大帝国も
また町も村も、
興っては、亡くなって行きました
それは、塵と化し、いつかは消え去ります
しかし、愛は永遠なのです
 
あなたを愛する人
あなたを育んでくれた愛
気遣ってくれた愛の姿を
あなたは将来
はっ きりと
顔と顔を合わせて
見る事になります
 
その時まで愛を信じて
希望をもって
生きてください
愛は決して破れることはないのです
生きる事は愛することであり
愛は永遠に続くからです

他の投稿もチェック

誰 の声に従うのか?

ひとしずく1557-誰 の声に従うのか? ある人が、クリスチャンではない 友人たちに自分の悩みを相談し、その友人たちの言う通りに行動した結果、その結果が結局自分の望んだこととは反対のことが起ってしまった ことを非常に悔やんでいました。自分はそうは思っていなかったのに、友人たち皆が口をそろえて同じ事を言うので、自分もいつしか彼らと同 じ気持ちになってしまっていたということでした。今思えば、その決断は主の見方、やり方ではないし、自分の本心でもなかったと、寂しそう に言っていま した。 私たちはよく、神を恐れるよりも...

聖書の中の偉人たち

ひとしずく1556-聖書の中の偉人たち  有名な人の生涯を見て、その数々の偉業に、凄いなという印象と圧倒される思いを抱く事があります。しかし、そこからいくらか学べることはあるものの、励ましを受けるより、自分にはそんなこと、とてもできそうにないとがっかりしてしまう場合があります。  反対に、偉大な人たちの失敗や罪を見る時、こんな偉大な人でも罪深いところがあり、それにも拘わらず、神様は彼らを赦し大いに用いられたのだとわかると、とても励まされるのではないでしょうか。もしかしたら、自分にも希望があるかもしれない、と。...

聖 書に書かれている農業

ひとしずく1554-聖 書に書かれている農業  先日、創世記を読んでいて、一つ発見がありました。それは、人はエデンの園に置かれた時、神様から園を耕すようにと言わ れていたことで す。私はずっと、畑を耕すことは、アダムとイブが罪を犯して、エデンの園から出されてから神様から課せられた仕事だと思っていました。しかし創世記2章に は次のように書いてあります。  「主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き、これを耕させ、これを守らせられた。」 (創世記2:15)...