最高のクリスマス・プレゼント

j
2023年11月28日

11月28日

「愛のクリスマス・ストーリー Ⅰ」という表紙で、以前、冊子を作成しましたが、配布用に内容を新たにしました。主に、私自身の証となりますが、何回かにわたって、ご紹介させて頂きます。冊子としてほしい方は、shizuku365@proton.me にご連絡下さい。

愛のクリスマス ストーリー Ⅰ

クリスマスには、特別な雰囲気が漂います。この時期には、懐かしい数多くの大切な思い出がよみがえってくるからです。

最高のクリスマス・プレゼント (ひとしずく一六〇)

クリスマスになると、母が小さなクリスマス・ツリーの前で、ひざまずいて涙を流していた姿を思い出します。

私は子供ながらに母の心の痛みがわかりました。父は、鉱山で働いており、毎日のようにお酒を飲んでは酔っ払っていました。そして酔っ払うと、母に 暴力を振るうこともよくありました。私が四、五歳の頃のクリスマスだったでしょうか、あの時のことを今も鮮明に覚えています。当時、私の家族の生活は貧しく、住まいは鉱山近くにある社宅の長屋で、お隣りさんとは薄い板一枚の壁で仕切られてあるだけでした。

クリスマスツリーは、小さな玄関の靴箱の上に置かれていました。それも小さなツリーで高さ三十センチか四十センチくらいのものでした。しかしきれいな色とりどりの電球がその小さな玄関いっぱいを照らしていました。玄関と居間とは、障子戸で仕切られていたので障子戸に映るツリーの色がとても美しかったことを覚えています。

私には下に二人の弟がいて、三人兄弟でした。 弟はまだ小さかったので、寝ていたのだと思いますが、私はその夜、ふと母親がどこにいるのかと思い、探していました。探すといっても、小さな住居だったの で母を探しあてるのは難しくありませんでした。居間と一つの寝室と台所しかありませんでしたから。でも、どの部屋にも母がいなかったので、私は玄 関と居間を仕切っていたその障子戸を開けました。すると、そこに母がいたのです。寒い中、母は小さなクリスマスツリーの前にひざまづいて泣いていたのでした。そして母は私を見るなり、私を抱きしめて「ごめんね。クリスマスなのに、お前たちに何も買ってやれなくて・・・。」と言ったのです。

私が中学生になった頃、母はその時の事情を話してくれました。父が給料を全部、お酒を飲むのに一晩で使ってしまい、一銭もうちには残っていな かったのでした。母は私たち子供のために何もできないことで泣いていたのでした。このように父が給料をお酒に使い果たすということはよくあったようです。そして母は父がお酒を飲むと度々、暴力を振るわれていたのでした。しかし母は私たち子供を置いて、去ることもできませんでした。

今思うと、あの小さなクリスマスツリーは、そんな母が私たちのために何とか無理して買ってくれたものだったのでしょう。母は子供たちに何もプレゼントをあげられないと思っていたけれど、実は私たちは母から、かけがえのないプレゼントを頂いていたのでした。「愛」という尊いプレゼントを。

私は、自分の生まれ育った家庭に感謝しなければなりません。こんなにつらく暗い家庭に育ったお蔭で、人生について深く考えさせてもらったと思います。またもっと素晴らしい人生があるのではないか、そうでないなら空しすぎると、私を探求の旅に駆り立ててくれたのも、そうした家庭環境のお蔭だったのです。

そして人生の探求の末、私はこの世で最高のクリスマス・プレゼントを頂いたのです。 どんなクリスマスプレゼントだと思いますか?それは、「神の愛」というプレゼントなのです。心を愛と平和で満たすため、私の心に入り宿って下さった「イエス・キリストの愛」なのです。神であるイエス様が私の心の家を訪れてくださいました。そしていつまでも私の心にいて下さるとおっしゃったのです。 そして私の家庭にも宿って下さると。

その後、私は宣教師となり、父は年をとり、生死をさまよう病床で私の名を呼んで「自分を赦してほしい」と謝ってくれました。私は父を赦し祈りました。すると死を待つばかりであった父は、数日の内に、奇跡的に山歩きができるほどに健康を回復し、それから五年生きて天国に旅立ちました。私は彼をずっと批判の目で見ていました。今では息子として親孝行できなかった私を、そしてお酒を飲まずにはやっていけないつらさを味わっていた父の気持ちを理解してあげられなかった私を、赦してほしいという気持ちでいます。年老いた母は自分の好きな畑仕事をして穏やかな毎日を送りながら、孫たちが遊びに来るのを楽しみにしています。そして私は十二人の子供の父親となり、今では孫の七人目が生まれるところです <今は十二人の孫達に恵まれています>。

私の家庭にはどんなきらびやかさも人目を引くようなものもありません。それを私は求めてもいませんし、必要もないと思っています。しかし、 私たちは神の愛によって幾多もの素晴らしい奇跡を見させて頂いています。そして家族はもちろん完璧ではありませんが、神の愛の絆で結ばれていることを心から感謝しています。それこそ、私が長い間、求めていたものでし た。今、私には希望があり、喜びがあります!

どうか、あなたも最高のクリスマス・プレゼントを受け取ってください。イエス・キリストはあなたに「神の愛」という最高のクリスマスプレゼントを与えてくれます。イエス様は、私たちを愛しているゆえに、人の姿をとって、地上に現れて下さった神様です。その神様は質素な厩で生まれ、人のすべての罪を自分の背に負って十字架にかかり、罪の全てを清算して下さったのです。そのお蔭で、私たちは赦されて天国に行くことができるのです。私たちが、神様から 何かを受けるに

ふさわしいからではなく、神のお恵みによって、天国に行くことができ、また聖い愛も頂けるのです。(エペソ二章八、九節)

イエス様は、私たちが人生を愛の内に歩むことができるように、私たちの心に宿って下さるのです。

どうか、以下の小さなお祈りをして、幸せな人生、幸せな家庭を築く助けになる「神様の愛」を、このクリスマスに受け取ってください。

「神の御子であるイエス様、私の心の中に入って下さい。そして私の心と人生を愛で満たしてください。」

神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。(ヨハネ三章十六節)

すると御使が言った、「恐れるな、マリヤよ、あなたは神から恵みをいただいているのです。見よ、あなたはみごもって男の子を産むでしょう。その子をイエスと名づけなさい。

彼は大いなる者となり、いと高き者の子と、となえられるでしょう。そして、主なる神は彼に父ダビデの王座をお与えになり、 彼はとこしえにヤコブの家を支配し、その支配は限りなく続くでしょう」。(ルカの福音書 一章三十~三十三節)

  

他の投稿もチェック

つながっている人々のために パート2

つながっている人々のために パート2 (2013年2月 ひとしずく1100) 原発の事故以来、度々、そこで働く作業員の過酷な労働問題が取り上げられています。以前、福島原発2号基の爆発 当時、中央制御室で働いていた人たちのドキュメンタリーをユーチューブで見ましたが、作業員が何とか爆発を防ごうと、必死になっていたのを思 い出します。SR弁というのを開いて、蒸気を逃がさないなら圧力に絶えられず、格納器が爆発してしまうという危険な事態でした。しかも、その...

つながっている人々のために

つながっている人々のために (2013年2月 ひとしずく1099)    私のある友人は、遠い第三世界の子供たちに対する熱い愛に、いつもかき立てられています。彼女の彼らに対する伝道の思いは、何十年も燃え続けて います。 日本にいるために、自らそれら貧しい子供たちに接することはできないものの、生活費 を節約し、それを子供たちの福利のために送っています。 私たちは、世界中の人たちとつながっていると言えると思います。確かに現代は、この...

十字架を負って生きる

十字架を負って生きる (2013年2月 ひとし ずく1098) いったい自分は、どんな目的のためにこの地上で生を受けたのだろうか? イエス 様は、「日々自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい」と言われたけれど、自分の十字架とはいったい何なのだろう? これは全てのイエス様に従おうとしている人が心のどこかで抱いている疑問であると思 います。「それから、みんなの者に言われた、『だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負うて、わたしに従ってきな...