小事に忠実な者

j
2023年11月25日

11月25日 小事に忠実な者 (ひとしずく1720)

 何年も前のことですが、ある国のリーダーが、テレビを通して国民に呼びかけているのを見 ました。そのメッセージに、私はどうしても腑に落ちない思いを抱きました。

 そのメッセージは、今は使い捨て時代なので、どんどん消費すべきだというものでした。

 私は、非常に貧しく何でも節約する母の生き方を見ていましたから、 物は大切にすること、また壊れたら直して使うこと、というのが、心のどこかにインプットさ れていたのだと思います。とにかく、その使い捨てという言葉は、どうしても受け入れ難いものでしたが、そんな私も、時代の流れに流され て、いつしか便利なもの、早く手に入るものを求め、それに依存して生活していたように思います。

 今は、田舎暮らしの中で、何でも大切にする田舎の先輩たちから、物をいたわること、節約 することの大切さを、改めて学ばせて頂いています。

 私たちは初め、油が漏れてしようがない耕耘機を借りて使っていまし た。しかし、ある方から、それほど古くない耕耘機を頂いたので、油漏れをする耕運機は、初 めに提供してくださった方に返したのです。するとその方は、この耕耘機が直せないかどうか、調べてみていました。しかし、どうしても直せ ないようだったので、息子と私に、そのメーカーに持って行って、みてもらってくれないかと頼みました。それでその人と息子と私の三人は、 その100キロ以上もの重さのある動かなくなった耕耘機を何とかして、軽トラに載せて、その販売店に持っていきました。折よく、ちょうどそのメカニックのサービスマンが出かけようとオフィスから出てきたところに、声を かけることができて、すぐみてもらうことができました。

 その人は、「これはもう部品が無いんですよ・・・」と言いながら、しばらく何か考えてい るようでしたが、突然、「ちょっと待っててください。チューブと針金でやってみましょう」と言って、正規の部品がないため、その場にある もので、その部品をつくってくれたのです。

 恐らく二十年以上も使っている機具なので、普通だったら、この製品の部品はもう作ってい ないので、どうしようもないです。と断られて終わりです。しかし、耕耘機は安くありません。古くてもこの油漏れさえなければ、立派にまだ 畑を耕せるのです。そして感謝する事に、店員の方は、お店の儲けも考えず、苦労して直してくださったのです。この、何とか直せるかもしれ ないと考えた耕耘機の持ち主も、またすぐに部品の代わりのものを造ってくださった店員も、どちらも、ものを大切にする精神がありました。 私は、素晴らしい事だと思いまし た。

 私たちも、田舎に引っ越してきてからというもの、自然の中で生活していて、ものを大切に したり、節約するという精神が身につき始めているように思えます。

 田舎だと木の枝や、木の切れ端を拾い集めて、薪とすることができますが、肥料袋に数袋、 集めたら、一日分の燃料になります。また、刈り取った雑草は乾燥させると、最高の肥料となり、何が混じっているかわからない肥料を使うよ り、ずっと安全でいいです。何よりも無料です。また、古くなった畳も、土に返して肥料にできますし、廃材を薪として燃やした後に出た灰も 肥料になります。

神様が与えてくださった自然の中に、恵み深い祝福の数々を発見 し、忠実に利用するなら、私たちの生活に役立つものがたくさんあり、改めて神様の偉大さに驚かされています。

そして私達は、何よりも神様からの最高の祝福に満ちたプレゼント である、イエス様を通しての贖いの救い、永遠の命という宝を頂いています。この宝は、イエス様が私達の罪の赦しのために死んで蘇られたと いう福音に基づくものです。

他の人達もこの福音に与ることができるように、この神様からの宝 を大切にし、また他の人達にも分け合うことができる忠実な者となれますように。

 

 小事に忠実な人は、大事にも忠実である。そして、小事に不忠実な人は大事にも不忠実であ る。(ルカ16章10節)

主人は言った、「よい僕よ、うまくやった。あなたは小さい事に忠実であったから、十の町を 支配させる」。(ルカ19章17節)

他の投稿もチェック

つながっている人々のために パート2

つながっている人々のために パート2 (2013年2月 ひとしずく1100) 原発の事故以来、度々、そこで働く作業員の過酷な労働問題が取り上げられています。以前、福島原発2号基の爆発 当時、中央制御室で働いていた人たちのドキュメンタリーをユーチューブで見ましたが、作業員が何とか爆発を防ごうと、必死になっていたのを思 い出します。SR弁というのを開いて、蒸気を逃がさないなら圧力に絶えられず、格納器が爆発してしまうという危険な事態でした。しかも、その...

つながっている人々のために

つながっている人々のために (2013年2月 ひとしずく1099)    私のある友人は、遠い第三世界の子供たちに対する熱い愛に、いつもかき立てられています。彼女の彼らに対する伝道の思いは、何十年も燃え続けて います。 日本にいるために、自らそれら貧しい子供たちに接することはできないものの、生活費 を節約し、それを子供たちの福利のために送っています。 私たちは、世界中の人たちとつながっていると言えると思います。確かに現代は、この...

十字架を負って生きる

十字架を負って生きる (2013年2月 ひとし ずく1098) いったい自分は、どんな目的のためにこの地上で生を受けたのだろうか? イエス 様は、「日々自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい」と言われたけれど、自分の十字架とはいったい何なのだろう? これは全てのイエス様に従おうとしている人が心のどこかで抱いている疑問であると思 います。「それから、みんなの者に言われた、『だれでもわたしについてきたいと思うなら、自分を捨て、日々自分の十字架を負うて、わたしに従ってきな...