二心の者の道

j
2023年11月5日

二心の者の道 (ひとしずく636)

 「彼は二心の者であって、そのすべての道において定まりがありません。」(ヤコブ 1:8)

私たちは、どれだけ 人を恐れて生きているでしょうか?

 特に日本人は、この人にあるいはあの人にどのように思われるかを心配ばかりして、あるいは怖がって暮らしている人が、多 いのではないかと思います。そのため、自分の信念を妥協し、周りに合わせ、流されるままになってしまうのです。それを謙遜、柔軟、平和主 義、寛容といった、自分弁護的な捉え方をして、自分を納得させてしまっているのです。しかしその根底には、自分を守るため、あるいは自分 の利益のため、そして波風立てて面倒なことにならにように、と言った、自分かわいさから来る自己中心、また怠惰な思いがあるのではないで しょうか?それは、恐れるべき方を恐れていないことの現れとも言えると思います。

 「彼らの恐れるも のを恐れてはならない。またおののいてはならない。あなたがたは、ただ万軍の主を聖として、彼をかしこみ、彼を恐れなければならない」 (イザヤ書8章12節13節)

ちいろば先生で知ら れる榎本保朗氏は、この聖句を次のように説明しています。

「私達は自分自身を 反省してみると、造られたものを恐れている。けれど造られたものを恐れるということは、造った方を恐れていないからである。世界はすべて 神によって造られたということを信じるのは、ただ単に教理を理解しているだけである。私たちは教理の理解者にとどまっていてはならないの であって、信仰者でなければならない。それは被造物を恐れないことである。造った方を恐れるときにはじめて造られたものを恐れないで生き ることができるのである。」

聖書には他にも、被 造物である人を恐れることに対して警告しています。

「人を恐れると、わなに陥る、主に信頼する者は安らかである。」(箴言29:25)

「からだを殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、からだも魂も地獄で滅ぼす力のあるかた (神)を恐れなさい。」(マタイ 10:28

榎本保郎氏が言うように、私たちはただ教理的に神を信じているというクリスチャンでしょう か?ただ口では信じていると言っても、神を信じていない思想で行動していないでしょうか? 神は私たちの心を全てお見通しです。口先だけ の信仰ではなく、行いが伴わなければならないと思うのです。

二心の者はそのすべての道において定まりがないと聖書が言っているように、私たちは「然り」を「否」のように、また「否」を「然り」のように生きてはならないのだと 思います。「然りは然り」否は否」、それ以外に何も正しい道はないのですから。

あなたがたは、『然り、然り』『否、否』と言いなさい。それ以上のことは、悪い者から出る のである。(マタイ5:37

祈り:主よ、私たち の不信仰や弱さを憐れんでください。あなたの偉大なる力とあなたの愛に、思いを集中するのを助けてください。あなたこそ、真に恐れるべき 方。どうか私たちが人を恐れることによって、あなたが下さろうとしている祝福を逃すことがありませんように。ただあなたのみを恐れ、人々 が自分を見るとき、そこにあなたの栄光を見ることができるような者となるのを助けてください。

他の投稿もチェック

完成めざして

完成めざして それぞれ人は、完成を目指して励んでいるところがあると思います。それが医療関係の人であれ、飲食店のサービス業であれ、またスポーツの選手であれ。苦しい経験、訓練を通して人は、そこに至ります。 無駄のない動き、軽やかさ、一貫性… その人の練達ぶりから、「完成」を感じます。 これは信仰の道に導き入れられた私たちにも言えることですが、キリストを信じる信仰者の完成は、この世の人達のものと異なるところがあります。 私たちの完成は、イエス・キリストのようになることであり、信仰者それぞれを完成に至らせるのは神です。...

神に会う備え

神に会う備え 時々、立ち止まること、現場から離れることは、普段見ていない、あるいは見えてないものを見る助けになります。しかし、せっかく現場から離れても、まだ心配事が思いを駆け巡っているなら、神様が示されたいことに目が開かれないということがよくあります。私たちはそれほども日常の環境が影響を与え、神よりは自分の周りのものに影響されて生きているということです。  なかなか立ち止まることができないと、神が立ち止まらせてくれますが、痛みを伴ってということがあります。...

愛する者のためのとりなし

愛する者のためのとりなし 私が家出していた時のことは、他のところで分け合っていますが、その裏話というか、後になって近所のおばさんから聞いたお話です。 「私の旦那が仕事で函館に立ち寄った時、あんたらしい人を見たと言っていました。それであんたのお母さんに話したら、あんたのお母さんは、『そのままにしておいてあげたい』ということだった」...