三月二三日 イエス様が地面に何か書かれた時 (ひとしずく一一〇六)
これは太田俊雄著の「矢と歌」にあるお話の一部を、短くまとめたものです。
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田村少年は友人にすき焼きを食べにこないかと誘われ、 友人の家に行くことにしました。しかし、期待に胸ふくらませていくと、肉はなく野菜ばかりでした。二人の友人は、肉はこれから探しに行くのでついて来いと言います。そして途中までついて行ったのですが、お前はここで待っていろと言われ、待っていると二人は、鶏を抱えて帰ってきました。何と二人は民家から盗んできたのでした。友人たちは悪びれた様子もなく鶏をさばき、田村少年に言いました。かなり肉の量があるので、他に誰か呼びたい人がいるなら呼んできたらいいと。田村少年がすぐに思い浮かんだのが、尊敬している柴田先生でした。
そこでさっそく田村少年は先生にすき焼きを食べに来ませんかと誘うと、先生は喜んで飛んで来ました。
友達は、何でまた先生など連れてくるのかと、田村を咎める思いでした。そして、まさか先生に、盗んだ肉であることをばらしはしないかと、はらはらしていました。
先生はすき焼きの肉を美味しそうに食べていました。しかし、田村少年は肉など滅多に食べることはなく、食べたい気持ちは山々だったのですが、それが盗んだ肉とあっては、喉を通りませんでした。そしてついに先生に、胸のつかえを吐き出すように、実はこの肉は近所から盗んできたものであるということを告白します。
それを聞いた柴田先生がどんな反応をするのか、皆、固唾を飲んで見守っていましたが、先生は一言、「殺してしまったものは仕方がない。食べよう!」と言って、生徒たちと一緒に食べ終わります。しまいには、うちとけた会話が始まり、生徒たちは、盗んだ次第、場所なども教えます。
お腹一杯食べた後、先生は、皆で散歩にでかけようと言います。そして先生が先導してたどり着いた場所は、生徒たちが鶏を盗んだ農家が見えるところでした。
先生は、「お前たちはここで待っておれ」と生徒達に言ってから、一人その農家に向かって行きました。しばらくすると、先生は、札のお金を手に握るおばさんに追いかけられて出てきました。「どうか取っておいてください!」と叫びながら。柴田先生は、鶏を盗んだ生徒たちのために、代わりに謝りに行ってくれたばかりか、おそらく鶏を普段の何倍かのお金で買い取り、そのお金を置いてきたのでした。それで、こんなにもらうわけにはいかないと、おばさんは追いかけてきたようですが、柴田先生はそれをふりきって戻ってきたのでした。
結局、最後まで先生は怒ることはありませんでしたが、皆で寮にたどりつく前に、ただ一言、静かにひとりごとのようにこう言ったのです。「もうするなよ」と。
田村少年の心に、当時耶蘇と言われていたクリスチャンの教師、柴田先生の深く大きな愛は大きな印象を与えます。
後で、柴田先生が、田村少年に贈ってくれた聖書の次の箇所を読んで、田村少年は、それがイエス様の愛だったと分かり、号泣するのです。
ヨハネの福音書には、律法学者やパリサイ人らに姦淫を犯した現場を捕らえられ、イエス様の所に連れてこられた一人の女性について書かれています(ヨハネの福音書八章一~十一節)。
イエスはオリブ山に行かれた。
朝早くまた宮にはいられると、人々が皆みもとに集まってきたので、イエスはすわって彼らを教えておられた。すると、律法学者たちやパリサイ人たちが、姦淫をしている時につかまえられた女をひっぱってきて、中に立たせた上、イエスに言った、
「先生、この女は姦淫の場でつかまえられました。モーセは律法の中で、こういう女を石で打ち殺せと命じましたが、あなたはどう思いますか」。彼らがそう言ったのは、イエスをためして、訴える口実を得るためであった。
しかし、イエスは身をかがめて、指で地面に何か書いておられた。彼らが問い続けるので、イエスは身を起して彼らに言われた、「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」。そしてまた身をかがめて、地面に物を書きつづけられた。これを聞くと、彼らは年寄から始めて、ひとりびとり出て行き、ついに、イエスだけになり、女は中にいたまま残された。
そこでイエスは身を起して女に言われた、「女よ、みんなはどこにいるか。あなたを罰する者はなかったのか」。女は言った、「主よ、だれもございません」。イエスは言われた、「わたしもあなたを罰しない。お帰りなさい。今後はもう罪を犯さないように」。〕
イエス様の愛は、律法では死罪に当たる罪をも覆ってしまいました。命は何とか助けてあげたとしても、少しくらいその女性に、説教したり怒ったりしてもよさそうなものですが、イエス様はそうされませんでした。そして地面に何かを書くことで、当惑させられている女性の姿と状況から目をそらして下さっていたのです。
そしてただ一言、優しくこう言われたのです。
「わたしもあなたを罰しない。お帰りなさい。今後はもう罪を犯さないように」と。
このイエス様の愛に触れた女性の人生は、その後大きく変えられたことでしょう。柴田先生の愛が、田村少年の人生に大きく影響したように。この田村少年は、その本「矢と歌」の著者、太田俊雄氏であり、後に教育界に大きな影響を 与えるようになりました。
愛は多くの罪を覆う(第一ペテロ四章八節後半)