イエス様の呼び名

ひとしずく813-イエス様の呼び名  「神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と神性とは、天地創造このかた、被造物において知られていて、明らかに認められる・・・」(ローマ 1:20) 自然を見ていると、神様の素晴らしい性質が伺えます。 岩は、どっしりしていて、嵐の時にしがみつくことのできる、神様の堅固さ、永遠に変わらぬ真実の象徴。 「神こそ、わたしの岩、わたしの救い、砦の塔。わたしは決して動揺しない。」(詩篇 62:3)  火は、不純物を取り除き、あらゆるものを清めてくれる、神様の聖さと情熱の象徴。...

すべてのことには時がある

ひとしずく812-すべてのことには時がある (2012年配信)  すべてのことには時がある・・・  私たちは一度に、全てのことはできません。やりたい事、しなくてはいけないこと、したらいいこと、それは数多くあって も、集中できるのは 一度に一つです。しかし、私たちをそのように造られたのは主です。したがって、多くのことができなくても、もし、主と共にあるなら、その 一つ一つを主は美 しいものにしてくださるのだと思います。  ...

「イエス様」抜きの成功?

ひとしずく808−「イエス様」抜きの成功?   昨日、ある友人が「聖書に隠された成功法則」という本から一つ引用句を送ってくれました。それは、「喜んでいること」を如何に神様が望んでおられるかということ、またそれが人間関係を改善することにどれほど役立つかということが書かれていました。 考えてみると、人間関係や人生における成功のために利用できる聖書からの法則は数多くあります。たとえば・・・ *見えないものを見えるかのようにして歩む「信仰の法則」<ヘブル11:27>...

主が共におられる

ひとしずく799-主が共におられる 時々、試練の最中にあると、主は共にいてくださらないように感じることがありませんか?そして、主が共にいてくださるのなら、こんな災難や試練が起こるわけがないし、起こったとしてもすぐに助け出してくださるはずだと、不平と疑いを抱いてしまうことが・・・。 旧約聖書にあるヨセフの話はとても興味深いものです。...

義に飢え渇く者

ひとしずく1559-義に飢え渇く者 (2014年配信) 最近、Dさんに十何年かぶりに再会しました。今、彼は単身赴任 で、福島の相馬で働いています。以前、私たちの聖書クラスに来ていましたが、彼が九州に引っ越しして以来、会う機会はありませんでした。 しかし、彼が東北に来て、先月から月に 一回、私が那須にいる時に、聖書を一緒に学ぶために、彼は公休日前の日に一泊の泊りがけで相馬から那須にやってきます。仕事が終わってか ら車で来るので、那須に到着するのが夜の9時...

誰 の声に従うのか?

ひとしずく1557-誰 の声に従うのか? ある人が、クリスチャンではない 友人たちに自分の悩みを相談し、その友人たちの言う通りに行動した結果、その結果が結局自分の望んだこととは反対のことが起ってしまった ことを非常に悔やんでいました。自分はそうは思っていなかったのに、友人たち皆が口をそろえて同じ事を言うので、自分もいつしか彼らと同 じ気持ちになってしまっていたということでした。今思えば、その決断は主の見方、やり方ではないし、自分の本心でもなかったと、寂しそう に言っていま した。 私たちはよく、神を恐れるよりも...

聖書の中の偉人たち

ひとしずく1556-聖書の中の偉人たち  有名な人の生涯を見て、その数々の偉業に、凄いなという印象と圧倒される思いを抱く事があります。しかし、そこからいくらか学べることはあるものの、励ましを受けるより、自分にはそんなこと、とてもできそうにないとがっかりしてしまう場合があります。  反対に、偉大な人たちの失敗や罪を見る時、こんな偉大な人でも罪深いところがあり、それにも拘わらず、神様は彼らを赦し大いに用いられたのだとわかると、とても励まされるのではないでしょうか。もしかしたら、自分にも希望があるかもしれない、と。...

聖 書に書かれている農業

ひとしずく1554-聖 書に書かれている農業  先日、創世記を読んでいて、一つ発見がありました。それは、人はエデンの園に置かれた時、神様から園を耕すようにと言わ れていたことで す。私はずっと、畑を耕すことは、アダムとイブが罪を犯して、エデンの園から出されてから神様から課せられた仕事だと思っていました。しかし創世記2章に は次のように書いてあります。  「主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き、これを耕させ、これを守らせられた。」 (創世記2:15)...

主 よ、いつまでですか? 

ひとしずく1553-主 よ、いつまでですか?  世の中が乱れる時、神を知る民は、いつ介入してくださるのかと神に叫び求めたくなります。 救いの神であり、裁き主であられる神がおられるなら、すぐにでもこの邪悪な世界に介入して、物事を正してほしいと。 主が雲に乗って再臨されること、そして、それから始まる至福千年は、私たちにとってとても 待ち遠しいことです。特に悪いニュースがこれだけ続く と、主よ、早く戻って来てください、と、もう待ち切れないほどです。これほど邪悪な時代が今まであったであろうか、と思ってしまいます が、幾千年も前に...