執筆者 Akashi | 9月 24, 2024 | 記事
三位一体の一格/神のひとり子 聖書の基本4A-5 https://ichthys.com/4A-Christo.htm ロバート・D・ルギンビル博士著 d. 三位一体の一格として、イエスは御父と御霊と対等であり、共に永遠です(ヨハネ5章18節, 17章5節): イエスは彼らに近づいてきて言われた、「わたしは、天においても地においても、いっさいの権威を授けられた。...
執筆者 Akashi | 9月 23, 2024 | 記事
創造主であるイエス 聖書の基本4A-4 https://ichthys.com/4A-Christo.htm ロバート・D・ルギンビル博士著 c. 創造主であるイエスは神であり、神は世界を創造されました[1](ヘブル 1章2節, 1章10節; 創世記1-2章参照): すべてのものは、これ(すなわち、「みことば」、イエス・キリスト)によってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。(ヨハネ1章3節) 彼は世にいた。そして、世は彼によってできたのであるが、世は彼を知らずにいた。 (ヨハネ1章10節)...
執筆者 Akashi | 9月 22, 2024 | 記事
聖書の基本4A-3 神として礼拝されるイエス b. イエスは神として礼拝されています[1](参照:ゼカリヤ14章16-17節; マタイ2章2節, 2章11節, 14章33節, 28章9節, 28章17節; イザヤ6章3節とヨハネ12章41節を比較, ヨハネ20章28節; ヘブル1章6節; コロサイ1章13-16節と黙示録14章7節を比較):...
執筆者 Akashi | 9月 21, 2024 | 記事
聖書の基本4A-2 I. イエス・キリストの御姿 1. イエス・キリストは真に神です: ...
執筆者 Akashi | 9月 20, 2024 | 記事
イエス・キリストについての学び-1 聖書の基本 聖書の重要な教理 パート4A https://ichthys.com/4A-Christo.htm キリスト論 イエス・キリストの研究 ロバート・D・ルギンビル博士著 受肉された神の言葉、私たちの主であり救い主であるイエス・キリストのユニークな御姿と御業。...
執筆者 Akashi | 9月 19, 2024 | 記事
三つの大切なこと 主イエス様、あなたが私の罪のために死んで下さったこと。それによって自分の過ち全てのものを洗い去って下さったと信じること。 もう一つ、あなたとお会いできること、天での交わりを希望として忘れませんように。 あなたから離れず、あなたとの愛の交わりのうちを歩ませてください。そしてあなたの光を映すことが生きる目的であることを忘れませんように。 …いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。 (1コリント13章13節)...
執筆者 Akashi | 9月 18, 2024 | 未分類
https://ameblo.jp/mercy-sarah7/entry-12867861790.html
執筆者 Akashi | 9月 18, 2024 | 記事
新しく造られる 良い行いをもって償おうとすることは、自分で自分を救おうとしていることで、神はそのような犠牲を顧みられません。よく自分の欠けていることを、行いによって繕おうとすることは、神に完全に従うこととはかけ離れていることです。ある人は、他の人が善行/慈善行為/奉仕などをしているから、自分たちもそうすべきだと思いますが、これも同調圧力に影響されているだけであって、たとえそれが良いことだと言われていることでも、その動機を調べてみる必要があります。...
執筆者 Akashi | 9月 17, 2024 | 記事
求める—肉か霊か 自分を満足させるために、快楽を求め、肉を求め、富を求めても、結局は自分の手から逃げていく。求めているのに得られない…。 ヤコブの書に「求めても得られないのは、自分の快楽のために使おうと、悪い動機で求めるからです」(新改訳Ⅳヤコブ4章3節)とあります。 こうした状態が「肉にある」「肉のうちにある」ということです。そしてそうした状態にあるつまり、悪い動機で求める状態にあるその人の思いを「肉の思い」と表現されています。...
執筆者 Akashi | 9月 16, 2024 | 記事
見よ、わたしは新しいことを行う 今回の旅の終りに、ある兄弟が、素敵な絵を下さいました。それは神様の両手の中に、芽を出したばかりの植物があり、背景には虹が描かれていました。そしてそこには、「見よ、わたしは新しいことを行う。今、それが芽生えている」(新改訳Ⅳイザヤ43章19節前半)の聖句がありました。 色々な地域のエクレシアを訪ねさせて頂いて、それぞれの中に主が働かれておられるのを目にして、御霊の働きの美しさ、そしてそれに譲渡して従う人の証…これこそ、エクレシアの命の輝きと感動せずにおられませんでした。...