夢による導き

j
2023年11月11日

11月11日 ひとしずく646-夢による導き 

私は、妻と友人とで、一つの開かれた扉の前に立って、それについての代価や、どんな可能性があるかなど、色々と思案して いました。 それぞれ意見をお互い話し終えた時、友人が「主の御心を聞きましょう。まずは、今日は、休みましょう」と言いました。 そして私たちは「眠っている時でも、なくてならぬもので、私たちを養ってくださいますように!」と主に祈って床についた のでした。  すると、私は一つの夢を見、その夢で目が覚めてしまいました。とても意味ありげな夢でした。私は、あまり夢を見ない方な のですが、見る時には、それが意味あるものであることがよくあります。 すっかり目覚めてしまった私は、真夜中でしたが歩きながら、今見た夢はどういう意味だろうと、解釈を求めて祈っていまし た。 すると、友人が起きてきて「主から何かもらいましたか?」と尋ねました。 私は夢の解釈がまだわからなかったため、その夢のことは、その時には伝えませんでした。友人は「主の御心を求めましょう ね」と言って、再び寝室に帰っていきました。 私は、その後また解釈を求めて祈りました。そしてだんだんと、その夢の解釈がこういう意味ではないかと紐解かれていくよ うに感じました。 翌朝、自分が見た夢のことを妻や友人に話しました。そしてその夢の解釈は、昨夜会話の中で、自分たちがしようということ になっていたこととは、反対のことを意味するということも話したのでした。 すると友人が「私も夢を見ました」と言って、その夢の内容を教えてくれました。驚いたことにその夢は、私の夢の続きとい うか、自分の見た夢の解釈を裏付けるような夢だったのです。 一晩の内に、別々に夢を見て、自分たちの思いで話し合っていたこととは、逆の方向を主に示してもらったことになります。  聖書には「終わりの時には、息子娘は預言をし、老人は夢を見る」とあります。

まさしく、老人?の私と、老人でない?友人にまで、主は導きを夢で示してく ださったのでした! 私たちが、当然だと思っている時、またこうしたいという強い意志を持っている時、主にとっては、主の意思を伝えるための 障害となることがよくあるのでしょう。したがって、私たちが、眠って、自分の思いから解放されたオープンな状態になる時、主は夢を通して、導きを与えやすいのか もしれません。  主は、私たちが必要としている導きを、このように夢と言う不思議な方法を使って、示してくださったのでした。主のなさ る素晴らしい業を、心からほめたたえます!「あなたがたが早く起き、おそく休み、辛苦のかてを食べることは、むなしい ことである。主はその愛する者に、眠っている時にも、なくてならぬものを与えられるからである。」(詩篇127:2)「神がこう仰せになる。終わりの時には、わたしの霊をすべての人に注ごう。 そして、あなたがたのむすこ娘は預言をし、若者たちは幻を見、老人たちは、夢を見るであろう。」(使徒行伝2:17

他の投稿もチェック

被災地でのクリスマス

12月7日 被災地でのクリスマス ‹毎年、年末が近づく頃になると、とても忙しくなります。冬を迎える準備もそうですが、何と言ってもクリスマスです。イエス様のことを伝える絶好のチャンスです。今年のクリスマスはどんなことを主は御計画されているのだろう?と期待を持って色々考えます。 振り返ってみると、クリスマスの時には、特に感動のいっぱい詰まった思い出が甦ります。...

クリスマスの奇跡 -8

祈りの答え クリスマスの奇跡 パート八 (ひとしずく一三九七) そこに立っていたのは外人と日本人の二人でした。彼らは、しきりに「ハレルヤ!」と賛美を繰り返していました。ちょっと変わった人たちだと思いましたが、明るくて好感が持てました。 彼らがクリスチャンであることは、すぐにわかりましたが、当時の私は、自分が最も正当派の教会に属していると自負しておりましたので、彼らを受け入れはするものの、上から目線で彼らのことを見ていたと思います。...

クリスマスの奇跡 -7

12月5日 恩返し クリスマスの奇跡 パート七 (ひとしずく一三九六)  Aさんは、私のことをマッちゃんと呼んでいました。突然現れた彼は、アパートの戸を開けるなり、「マッちゃん、泊めてもらいたい人がいるんだけど、いいかな?」と尋ねました。(外は雪が降っています。) 私は咄嗟に「ああ、いいよ」と答えました。きっと彼は、私の所に来るのも気まずかったに違いありません。しかし、それでも私の所に来て、宿がなくて困っている人を泊めてほしいと頼みに来たのでした。Aさんの友人でも知り合いでもない人たちのために。...